フォールスタッフの追放:ウィンザーの陽気な女房たち

| コメント(0) | トラックバック(0)

ウィンザーの女房たちによるフォールスタッフの懲らしめは、ついに亭主たちをも巻き込んでの大掛かりなものへと発展する。最初はフォールスタッフの無礼に対する個人的な反撃として始まった懲らしめだが、それが女房たちの個人的なうさばらしにとどまっている限り、たいした結果にはならない。そのことは女房たち自身がよくわかっていたことだった。

女房たちがフォールスタッフの無礼を怒った理由は、ひとつには自分自身の品性を侮辱されたことに対する個人的な怒りであったが、それは他方では、貞淑な妻としての自分たちの社会的な尊厳を踏みにじられたことに対する公の怒りでもあった。

こうした公然の侵害行為は、個人的に撃退するばかりではなく、社会的にも断罪されなければならない。公の犯罪は公に断罪される必要がある。そうでなければそれに対する報復は、ただの私的な憂さ晴らしに終わってしまう。

こうして女房たちは亭主たちを巻き込んで、公の場で公然とフォールスタッフを断罪する決心をするのだ。そうすることで彼女らは、個人的な良心の領域を超えて、社会的な視線の前でも貞淑であることを証明できるのだ。

  フォード夫人:きっと夫たちは公の場で
   あいつをひどい目にあわそうというでしょう
   そうしないかぎり このドタバタ劇はおわりそうもないと思うわ
  ページ夫人:じゃあ早速とりかかることにしましょう
   鉄は熱いうちに鍛えなければ(第四幕第二場)
  MISTRESS FORD:I'll warrant they'll have him publicly shamed:
   And methinks there would be no period to the jest,
   should he not be publicly shamed.
  MISTRESS PAGE:Come, to the forge with it then; shape it:
   I would not have things cool.

女房たちは亭主たちにこれまでの経緯と、フォールスタッフを公の場で辱める計画を持ちかける。事の次第を知った亭主たちは、自分たちの社会的な名誉を守るために、公衆の面前でフォールスタッフを断罪しようと決心するのだ。

フォールスタッフはみだらな男ではあるが、人の話を信じやすいお人よしでもある。そのお人よしぶりに付け込んで、フォールスタッフをおびき出し、罠にかけた上で、みんなの目の前で辱めようという計画が煮詰まった。

クィックリーが使いとして派遣される。

  フォールスタッフ:誰の使いで来た?
  クィックリー:もちろん あのお二人さんのですよ
  フォールスタッフ:それならその一方は悪魔に 
   もう片方は悪魔の母親に 食われちまうがいい
   あいつらのおかげで おれはひどい目にあったんだぞ
   どんなお人よしの浮気心でも我慢できないほどのな(第四幕第五場)
  Falstaff:Now, whence come you?
  MISTRESS QUICKLY:From the two parties, forsooth.
  FALSTAFF:The devil take one party and his dam the other!
   And so they shall be both bestowed. I have suffered more
   for their sakes, more than the villanous inconstancy
   of man's disposition is able to bear.

さんざんひどい目に合わされたにかかわらず、フォールスタッフはまたもや、フォードの女房とねんごろになれるかも知れぬと期待して、まんまと罠にはまりにいく。

計画とはこういうものだ。ウィンザーの森の中に夜毎幽霊が出るという柏の木がある。怖がってだれも近づかないから、安心してそこで会いましょうといってフォールスタッフをおびき寄せる。そこにはあらかじめ、子供たちやさまざまな人を妖精に扮して潜ませておき、頃合を見てフォールスタッフを驚かせ、ひどい目にあわせてやろうというのだ。

何も知らないフォールスタッフは、大きな角を頭につけて、妖精ハーンの姿になって現れる。

  フォード夫人:サー・ジョンなの? わたしの可愛い牡鹿さん?
  フォールスタッフ:かわいい尻尾の雌鹿さん ここだよ
   ジャガイモの雨よ降れ 
   グリーンスリーヴズのシラベに合わせて 雷よ轟け  
   クレソンのあられ エリンギの雪
   なんでも嵐となって吹き巻くがよい
   ここにいれば大丈夫だ
  フォード夫人:ページの奥さんもご一緒なのよ ねえあなた
  フォールスタッフ:それならおれを鹿のように解体して
   尻の肉は二人でなかよく分けるといいよ
   胴体は自分のためにとっておこう
   肩の肉は森の番人に 
   角は二人の亭主たちに進呈するよ(第五幕第五場)
  MISTRESS FORD Sir John! art thou there, my deer? my male deer?
  FALSTAFF:My doe with the black scut! Let the sky rain
   potatoes; let it thunder to the tune of Green
   Sleeves, hail kissing-comfits and snow eringoes; let
   there come a tempest of provocation, I will shelter me here.
  MISTRESS FORD:Mistress Page is come with me, sweetheart.
  FALSTAFF:Divide me like a bribe buck, each a haunch: I will
   keep my sides to myself, my shoulders for the fellow
   of this walk, and my horns I bequeath your husbands.

角をはやした男は女房を寝取られた男のシンボルだが、フォールスタッフはそれを亭主たちに進呈しようという。つまりこれからフォードの女房を寝取るつもりなのだ。だが事態はそれを許さない。

フォールスタッフはまたもや、以前と同様に身を隠さなければならない羽目に陥る。そこへ妖精たちが現れて、隠れているフォールスタッフを引っ張り出し、火をつけたり、つねったりする。

  ピストル:さあ試し火だ 試し火をしよう
  エヴァンズ:さて この丸たんぼうは燃えるかな
  フォールスタッフ:あち あち あち
  クィックリー:腐りきった 欲望の塊め
   さあ妖精たち こいつの周りを取り囲んで
   あざけりの歌を歌いながら つねっておやり
  妖精たち:なんという妄想の罪深さ
   なんという情欲のおぞましさ
   情念は血の炎となって
   汚らわしい欲望であおられる
   燃え盛る欲望の火が
   どこまでも高く舞い上がる
   みんなでかわるがわる つねってやろう
   悪の償いに つねってやろう
   つねって 燃やして 転がしてやろう
   ろうそくの火も 星明りも 月明かりもなくなるまで   
  PISTOL:A trial, come.
  SIR HUGH EVANS :Come, will this wood take fire?
  (They burn him with their tapers)
  FALSTAFF :Oh, Oh, Oh!
  MISTRESS QUICKLY :Corrupt, corrupt, and tainted in desire!
   About him, fairies; sing a scornful rhyme;
   And, as you trip, still pinch him to your time.
  SONG.:Fie on sinful fantasy!
   Fie on lust and luxury!
   Lust is but a bloody fire,
   Kindled with unchaste desire,
   Fed in heart, whose flames aspire
   As thoughts do blow them, higher and higher.
   Pinch him, fairies, mutually;
   Pinch him for his villany;
   Pinch him, and burn him, and turn him about,
   Till candles and starlight and moonshine be out.

こうして公の前での懲らしめの儀式が済むと、一同はフォールスタッフに向かってさんざんに辱めの言葉を浴びせるのだ。

  ページ夫人:ねえサー・ジョン 
   いったいわたしたちが分別をかなぐり捨てて
   地獄に落ちるのも憚らずに
   あんたとの浮気にうつつを抜かすとでも思ったの?
  フォード:この豚饅頭 ズタ袋野郎
  ページ夫人:空気デブさん
  ページ:老いぼれの しわくちゃの 始末に終えぬ 大食漢
  フォード:悪魔のように口が悪く
  ページ:ヨブのように一文なしで
  フォード:ヨブの女房のように性悪で
  エヴァンス:おまけに 色恋沙汰や暴飲暴食
   あらゆる悪徳にふけるお前が
  フォールスタッフ:いやあまいった 尻尾を捕まれては致し方ない
   さんざん馬鹿にされても 返す言葉がない
   こうなりゃやぶれかぶれだ どうとでもしてくれ
  MISTRESS PAGE :Why Sir John, do you think, though we would
   have the virtue out of our hearts by the head and shoulders
   and have given ourselves without scruple to hell,
   that ever the devil could have made you our delight?
  FORD :What, a hodge-pudding? a bag of flax?
  MISTRESS PAGE :A puffed man?
  PAGE :Old, cold, withered and of intolerable entrails?
  FORD :And one that is as slanderous as Satan?
  PAGE :And as poor as Job?
  FORD :And as wicked as his wife?
  SIR HUGH EVANS :And given to fornications, and to taverns and sack
   and wine and metheglins, and to drinkings and
   swearings and starings, pribbles and prabbles?
  FALSTAFF :Well, I am your theme: you have the start of me; I
   am dejected; I am not able to answer the Welsh
   flannel; ignorance itself is a plummet o'er me: use
   me as you will.

公の場での辱めは、しばしばカーニバルのなかで行われてきた。それは殆どが、過ちを犯した女を辱める場だったようだが、ここでは女たちが男たちを巻き込んで、秩序の侵犯者である男を辱める。

女たちは男たちを巻き込むことで、フォールスタッフへの自分たちの凝らしめが公の性格をもつようになると考えた。そのことによって単に個人的な鬱憤を晴らすにとどまらず、自分たちが属している社会の秩序も回復されると考えたのだ。

フォールスタッフはヘンリー王によって一度は追放された身であった。それがこの劇で再び道化役者として呼び戻されたわけであるが、それはもう一度追放されるためであったわけだ。ブルジョアのブルジョアらしい家庭生活を守るために。

そうした点でこの劇は、シェイクスピアの作品のなかでも、もっともブルジョア的性格のつよいものだということができよう。


関連サイト: シェイクスピア劇のハイライト





≪ 魔女にされたフォールスタッフ:ウィンザーの陽気な女房たち | シェイクスピア | 打算から真の愛へ:ウィンザーの陽気な女房たち ≫

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://blog.hix05.com/cgi/mt/mt-tb.cgi/2141

コメントする



アーカイブ

Powered by Movable Type 4.24-ja

本日
昨日

この記事について

このページは、が2010年3月 1日 20:24に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「謎の深海魚 リュウグウノツカイ」です。

次のブログ記事は「打算から真の愛へ:ウィンザーの陽気な女房たち」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。