金平浄瑠璃

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金平浄瑠璃とは明暦末年(1658)から寛文年間(1661-1672)にかけて流行した古浄瑠璃の一群である。わずか十数年で観客から飽きられて、歴史の舞台から消え去ってしまったが、いろいろな意味で、浄瑠璃の歴史を大きく変えた。一言で言えば、古浄瑠璃から新浄瑠璃への橋渡しを行うにあたって、大きな役割を果たしたのである。

金平浄瑠璃はその名の示すとおり、坂田の金平という架空の人物の武勇譚を中心にした作品群である。坂田の金平とは源頼光四天王のひとり坂田の金時の息子であると設定されている。そのほかに渡邊の綱の息子竹綱、卜部の末武の息子末春、碓井の貞光の息子貞景らが登場する。いづれも架空の人物だが、親たちである四天王自身が主人公になったものも現れた。

金平物の嚆矢となった作品は明暦四年(1658)に岡清兵衛が書いた「宇治の姫切」というもので、これを和泉太夫が江戸で上演するや大評判となり、その衣鉢にあずかろうと、上方でも播磨掾、出羽掾らが同趣向の作品を次々に上演した。「宇治の姫切」自体は親の四天王を主人公にしたもので厳密な意味では金平ものではないが、その趣向は金平ものを先取りにしたものだった。

さて金平ものとはどのような趣向のものだったのか。要約すると源氏の世の天下泰平を乱すものに対して、金平以下の子四天王が敢然と立ち上がり、悪を成敗することによって太平を取り戻すというものである。いってみれば単純な勧善懲悪の物語であるが、それ以前の浄瑠璃と異なった新しさがあった。そこが観客に受けたわけである。

金平以前の古浄瑠璃では、個人や個人の家の運命が主題であった。主人公である特定の個人が荒波のような運命に飲み込まれ、その中で悩み、あるいは戦い、場合によっては運命に踏みにじられて不幸な最期を遂げたり、または運命を跳ね返して、果ては本地垂迹の説にもとづいて神仏になったりする。しかしめでたく神仏になった場合にも、それはあくまでもひとりの人間の成仏として捕らえられていた。

ところが金平ものの場合には、テーマは個人の運命ではなく、天下国家の一大事である。和辻哲郎がいうように、そこでは政治的な対立・抗争が主題となっている。伝統的な古浄瑠璃にはなかったスケールの大きさが見られる。

こうした広い社会的な視野を浄瑠璃の中に持ち込んだ点で、金平浄瑠璃は画期的な意味を持っていたといえる。しかもそこには従来の古浄瑠璃には見られなかった奔放な空想も付け加わっている。作品としての自由度が一段と高まっているのである。

これは金平ものが特定の作者(岡清兵衛)による想像力の所産だったことと関係がある。古浄瑠璃は特定の作者ではなく、集団によって徐々に形作られていったことから、おのずから歴史上の出来事やそこに生きていた人物に焦点を当てる傾向が強かったのに対して、金平浄瑠璃の作者は、歴史にとらわれず、縦横無尽な空想力を発揮して、新しい世界を創造することができたのである。

とはいえ金平ものには一定の共通パターンが働いている。金平ものを代表するキャラクターは坂田の金平と渡邊の竹綱であるが、多くの物語は竹綱の智謀と金平の剛勇の組合せというパターンをとっている。まづ金平が悪を憎んで立ち上がり猪突猛進するところを竹綱が制御する、竹綱の深謀遠慮に感心した金平はその忠告に従い、最期には武勇振りを発揮して敵を倒すというものである。

ここでひとつ面白い点は、金平らの心情が儒教的な君臣道徳に縛られていないところである。金平らが主君に服するのは道徳心に基づいてではなく、あくまでも主君の人柄にほれ込んだからである。したがって主君が道理に反した行動をとったりすると、それに対して公然と反抗したりもする。彼らにはまだ、戦国武将的な心情が色濃く残っているのであり、その点に観客らも拍手喝采したのだと思われる。

だが金平浄瑠璃は寛文時代の終わりとともに退潮した。ひとつにはワンパターンの構造が飽きられたこともあろうが、やはり時代が変わりつつあったことを反映しているのであろう。町人階級が力をつけ、商品経済が広まっていく事態を背景にして、戦国時代的な発想が観客の日常の関心と折り合いをつけられなくなったと思われるのである。

だが金平浄瑠璃の残したものは、次の時代の浄瑠璃に引き継がれていく。それはひとつには、歴史上の出来事にとらわれず、作者の自由な想像力にもとづく新しい作品の登場であり、近松門左衛門がその流れを引き継ぐ。もうひとつは社会的な事態を視野に入れた作品で、これは近松以後の浄瑠璃作品に共通して見られるものである。





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このページは、が2010年6月15日 19:22に書いたブログ記事です。

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