2010年10月アーカイブ

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半年間にわたって繰広がれてきた上海万博が10月いっぱいで終了した。期間中の入場者数7200万人は、1970年の大阪万博が記録した6400万人を突破した。期間中大勢の中国人たちがバスツアーを組んで見学にやってきたそうだが、13億人の人口規模からすると、もっと多くの人がやってきてもおかしくはなかったところだ。

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アルゼンチンの前大統領ネストル・キルヒナー Nestor Kirchner が急死した。死因は心不全、自宅でくつろいでいたところ胸の痛みを訴え、病院に運ばれたものの、そのまま天に召されたという。まだ60歳の若さだった。

エルヴィス・プレスリーの歌から「ハート・ブレイク・ホテル」 Heartbreak Hotel(壺齋散人による歌詞の日本語訳)

  あいつにふられたあとで
  やっとみつけられたよ
  新しい住処の名前は
  ハート・ブレイク・ホテル
  さびしかったよ
  ひとりじゃいやだよ
  死ぬほどさびしいよ

草野心平の詩集「絶景」は「母岩」から4年後の昭和15年に刊行された。「第百階級」に始まり「明日は天気だ」を経て「母岩」で結晶した心平の初期の詩風は、この「絶景」において大きな転換をしたと評価されている。所期の心平の詩に見られたアナーキスティックな荒々しさが、この詩集では見られなくなり、静的な雰囲気を基調にして、精神の統一を感じさせるようなものに変化している。

アダルト・ヴィデオ産業はいまや、1000億円規模に達し、毎月膨大な量のDVDが作られ続けている。このこと自体は世界共通の現象といえるが、日本の特徴は、老人が主人公になったアダルト物、いわば老人ポルノの占める割合が多いことだ。貸しヴィデオ業ナンバーワンのツタヤの場合、毎月1000件オーダーのアダルト・ヴィデオのうち300件は老人物、またDMMの場合2000件中400件は老女物といった具合だ。

ロンサールのオードから「ミニョン」À Sa Maistresse(壺齋散人訳)

  ミニョン 一緒に見に行こう
  今朝の日の光でぽっかりと
  すみれ色に開いたバラの花が
  この夕暮になってもまだ
  君のドレスと同じような
  鮮やかな色を保っているかを

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上の写真(斜里町提供)は、街中をさまよい歩くクマの親子、今年はこの親子のように、街中に出没するクマの姿が目立った。朝日新聞によれば、十月下旬までに2400頭が捕まり、うち2100頭が捕殺された。この親子も、目撃されたすぐ後に射殺されたという。

「さても行平三年が程,御徒然の御船遊」で始まる堀川波鼓の導入部は、謡曲「松風」からの引用である。これにはそれなりの意味がある。謡曲では、松風・村雨の姉妹が行平を巡って恋の思いに焦がれるという物語になっているのを、近松はここで、お種とお藤の姉妹の関係に投影しているのである。そうすることで、一人の男を巡る姉妹の複雑な感情を、陰影をつけて描き出すことに成功したといえる。

ハムレットの四大独白の最後は第4幕第4場で発せられる。ハムレットは彼を疑う国王によってイギリス行きを命じられる。イギリス王にはハムレットを殺害するようにとの密書が届けられる。国王はこの際ハムレットを体よく殺してしまおうと決心しているわけである。

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上の写真(AP提供)は世界一長身の猫として、このたびギネスから認定されたメインクーン猫のスチューイー、鼻面の先から尻尾の果てまでの長さが48.5インチ(約121センチ)ある。

ウィリアム・B・イェイツの詩集「音楽のために」から「お叱りを受けるクレージージェーン」Crazy Jane Reproved(壺齋散人訳)

  船乗りたちが何を言おうと
  雷の降らす恐ろしい石にせよ
  空を掻き曇らす嵐にせよ
  天があくびをしただけのこと
  エウロペーが恋人と思って
  雄牛を抱いたのはご愛嬌
  どれもこれも つまらんことさ

ウィリアム・B・イェイツの詩集「音楽のために」から「クレージー・ジェーンと司教」Crazy Jane And The Bishop(壺齋散人訳)

  樫の枯木のところに連れてってよ
  真夜中の時報を合図に
  (墓の中なら安全だから)
  あいつの頭に呪いの言葉をかけてやるんだ
  死んだいとしいジャックのために
  あいつはジャックを罵ったんだ
  堅物の司教が伊達男を

余らがパリ旅行中に滞在せしホテルは Hotel Kyriad Bercy Village といひて、パリ十二区、セーヌ川沿いの一角にあり。かつてはパリの田舎などともいはれをりしが、今や域内に地下鉄十四号線貫通し、都心まで十分内外にして達する便宜あるところに変化せり。

カーペンターズの歌声から「オンリー・イェスタデイ」Only Yesterday(壺齋散人による歌詞の日本語訳)

  ひとりであまり長くいると
  誰でも孤独に馴れてしまうようね
  わたしもそうやって人知れず
  孤独の痛みに耐えていたの
  できることは待つことだけ
  あなたが現れるのにかけていたわ
  こんなわたしの気持ちをわかってくれるかしら
  あなたはわたしにとっての曙
  すべてを明るく満たしてくれる
  希望の光なのよ

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ニューズウィークのロシア版 Русский NEWSWEEK が廃刊になった。2004年に創刊されて以来、ある意味でロシアの良心を代表してきたとされる雑誌が廃刊になった理由は、表向きには経済的なものだ。編集者のミハイル・フィッシュマンによれば、創刊以来黒字だったことはなかった、赤字を積み重ねてまでも、雑誌を出し続けるメリットがなくなったということだ。

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メドヴェージェフによって追放された前モスクワ市長ルシコフの後任には誰がなるか、いろいろな意味で注目を集めていたが、プーチンの腹心として知られるセルゲイ・ソビャーニン Сергей Семёнович Собянин が任命された。

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テクサス・レンジャーズがアメリカン・リーグのプレー・オフでヤンキースを破り、球団創設50年目にして初のワールド・シリーズ進出を果たした。(上の写真:AP提供)

四時半頃フランクフルト空港に到着す。早速トイレに入るに、小便器の設置位置日本人にも使ひやすき高さにあり。パリのトイレはいづこにても、小便器の位置日本のそれよりはるかに高し、よって余などは陰茎の先を高くつまみ上げずんば用を足さず、たびたび不便を感ぜしところなりき。ドイツ人はフランス人より長身なるにかかはらず、小便器の位置を低くするは、深き思慮に出でたるといふべきか、余妙なところに感心せり。

十月八日(金)晴。パリ旅行最後の日なれば、朝食を済ませてチェックアウトの手続きをなし、荷物をホテルに預けて、買物に赴く。

草野心平の詩集「母岩」に収められた詩の多くは暗いタッチのものだと、先に書いた。その中で巻末の「春」という詩は、題名どおり生命の豊かさを歌った明るい詩だ。

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胡錦濤にかわる中国の新しい指導者として、習近平(上の写真*AP提供)の登場がほぼ確定的になった。そのことを受けて、世界中のジャーナリストがさまざまな憶測記事を書いている。視点のひとつは、中国の政権交代の特質について論じるもの、もうひとつは、習近平とはいかなる人物か、その政治的・人間的側面について論じるものである。

ピエール・ド・ロンサール Pierre de Ronsard(1524-1585)は、オード作者として華々しい活躍を始めた。オードとは、歌われる詩 Chant Lyrique とも呼ばれるように、本来リュートなどの楽器の伴奏に合わせて歌われるものであった。だから他の詩形に比べて、音楽的な要素が非常に大事にされる。

午後六時半ホテルを出で、再びラマルク駅に至り、モンマルトルの丘より夕日を眺めて後、葡萄園傍らのカフェ、ラ・メゾン・ローズにて夕餉をなす。坂道に沿って、テーブルを並べをるなり。簡単なコース料理と白ワインを注文するに、ここは料理もワインもうまかりき。

エトワール駅より地下鉄二号線に乗りてアンヴェールに至る。地上へ出ればサクレ・クール寺院へと上る坂道のふもとなり。道沿ひに露店立ち並び、縁日の如き雰囲気横溢す、この町は常に祝祭的な気分に包まれをるが如くなり。

近松門左衛門の姦通劇「堀川波鼓」は三段構成になっている。一段目は女主人公のお種が息子の鼓の師匠源右衛門と姦通にはしる場面、二段目は亭主の彦九郎が江戸詰めから帰った喜びとはうらはらに、姦通の罪にさいなまれるお種の様子と、妹のお静を始め彼女を取り巻くひとびとの行動が描かれたあと、お種の死が、当然のことのように描かれる。そして三段目ではお種の姦通の相手源右衛門に対する彦九郎の女敵討ちが描かれる。

王妃のガートルードがクローディアスによる先王の殺害についてどれほどのことを知っていたか、それは劇の表面からはわからない。王妃自らそのことについては一言もいわないからだ。だが観客はハムレットとともに、王妃が何かを知っているのではないかと、思わずにはすまないようなところもある。

十月七日(木)晴。この日はブローニュの森を歩かんと、ベルシーにて六号線に乗り換へ、ラ・モットにて十号線に乗り換へ、ポルト・ドートゥイユ駅に至る。ボア・ド・ブローニュの南の入り口近くの駅なり。

夕刻ホテルを出で、七時近くバスティーユに至る。ここにて便意を催したれば、公衆トイレに入らんとす。広場の一角にボックス型の単身用トイレ設置せられたるなり。先客あり。その出来するを待ちて中に入らんとするに、後ろに待ち構へをる紳士より制止せらる。いまだトイレの洗滌終らざれば、しばし待ちたまへと。

ウィリアム・B・イェイツの詩集「螺旋階段」から「後悔」Remorse for Intemperate Speech(壺齋散人訳)

  悪党やばか者を罵るときは
  ついつい激し過ぎてしまうので
  普段はまともに話そうとするが
  それでもなお変えられないのは
  狂熱的な気性のため

ウィリアム・B・イェイツの詩集「螺旋階段」 The Winding Stair から「死」Death(壺齋散人訳)

  死にゆく動物は
  恐怖も希望も持たぬ
  人間は死を前にして
  なお恐怖し希望する
  人間は幾たびも死に
  幾たびも生まれ変わるのだ

午後一時二十分、ヴェルサイユ・シャンティエ駅に到着す。ヴェルサイユ宮殿は、ここより歩いて十五分ほどのところにあり。途中のインフォメーション・センターに立ち寄りて、宮殿の地図を貰ふ。宮殿につく頃、少雨至る。

十月六日(水)半陰半晴。この日はパリ郊外のシャルトル、ヴェルサイユに遊ばんとす。シャルトルはフランス有数の大伽藍があるところ、ヴェルサイユはいふまでもなくブルボン王朝の大宮殿跡があるところなり。いづれも世界遺産に指定せられてあり。

カーペンターズの歌から「ミスター・ポストマン」Please Mr. Postman(壺齋散人による歌詞の日本語訳)

  ストップ
  ちょっと待って
  ミスター・ポストマン
  ウェイト
  待って ミスター・ポストマン

かつてロンドンに旅せし折、夜の楽しみといへばミュージカルにつきたり、パリの場合には一流キャバレーでのナイトショーと聞きゐたれば、その方面をいろいろ物色したる結果、リドのディナーショーを見物することとなす。これは食事をなしつつトップレスショーを楽しまんとするものにて、男は無論、女も喜ぶ出し物といふなり。

夕刻マドレーヌに至る。マドレーヌ寺院はパリ屈指の大寺院なり。その傍らにシャネルショップあり。中に入りて品定めをなす。

十二時頃オルセー美術館を出でて、セーヌ川沿ひを散策す。このあたりにもブキニストら店を構へてゐたり。店の様子をよく見れば、皆一様のつくりなり、恐らくはパリ市当局の指導ならんか。

十月五日(火)雨の振る中をオルセー美術館に往く。普通なら十四号線ビブリオテック駅にてRER-C線に乗り換ふるが便宜なれど、この日は地下鉄を乗り継ぐこととなす。RER線の車内余りに汚ければ、横子の二度と乗らぬと言ひ出せしが故なり。

「第百階級」の一連の詩の中で、草野心平はカエルに自分を託してアナーキスティックな叫びを立てていた。それが「明日は天気だ」になると、カエルは一匹も出てこなくなり、叫び声は草野という人間の個人の声として響くようになる。その声にもアナーキスティックな調べは聞かれたが、カエルの声がかもし出すコスミックな感覚はずっと弱まり、生きる一人の人間のトリヴィアルな感情がまとわりつくようになる。

夕刻再び地下鉄に乗りてピラミードに至り、そこよりヴィクトワール広場を目指して歩む。途中なるパサージュを訪ねんと思ひしなり。この界隈はロンドンのソーホー地区に似て、エトランゼなる雰囲気あり。日本料理の店も多く見かけたり。もっともその多くは食欲をそそらぬ体のものなりき。

十二時頃ルーブルを退館し、チュイルリー公園に憩ふ。泉を中心にして展開する瀟洒なる庭園なり、パリの風景の中でも最も美しきもののひとつといふべし。

十月四日(月)陰、時に雨。七時半に起床すれば窓外相変はらず暗し。ホテルの食堂は昨日に比すれば人影少なし。九時頃外出して地下鉄駅に至れば、ここは通勤客雑踏して活気を呈したり。

マルスリーヌ・ヴァルモール Marceline Desbordes Valmore の詩「離れ離れのふたり」Les Séparés(壺齋散人訳)

  書かないで わたしは悲しくて消えてしまいたいほど
  あなたのいない夏は 灯りのない夜のよう
  あなたを抱けない苦しさから腕をむなしく組んでは
  自分の胸を叩いているの まるでお墓を打つように
  だから手紙を書かないで!

オペラ座前よりバスに乗り、シテ島付近にて下車す。コンシェルジュリーに通ずる橋を渡るに、そこはシテ島中心部を走るパレ大通りにて、右手には司法省とサント・シャペル、左手にはパリ警視庁の建物並び立ちたり。

エッフェル塔の足下にはセーヌ川流れ、イェナ橋架けられてあり。その橋の袂より遊覧船発着す。聞けば川を遡ってシテ島まで行くといふ。是非なく乗船す。

十月三日(日)晴。七時に起床するに窓の外はいまだ暗し、今のパリは夏時間なれど、夜明は八時近しとのこと。何のためなるかは存ぜず、いづれにしても夜明けが八時頃のことにては、勤労の意欲もそがるるべし。

堀川波鼓は、近松門左衛門の作品のうち、曽根崎心中から数えて五作目の世話物である。近松はそれを宝永三年に起きた実際の出来事に取材して書いた。

余少年の頃よりフランス語を独学し、象徴派の詩人たちを日本語に翻訳しては自得しかつ喜びゐたれど、いまだかつてフランスに旅行せしことなし。わづかに柳北先生の航西日乗を読みなどして空想裏にかの地に遊ぶばかりなりき。今やうやく還暦を過ぎて、生活の閑暇と金銭の余裕を得るに及び、宿願の思ひをかなへんとは思ふなり。

ハムレットを政治劇として捕らえなおしたのはヤン・コットだ。彼によれば、舞台であるエルシノアは恐怖に蝕まれている。みなが疑心暗鬼なのだ。王はハムレットによる復讐を恐れて、たえずハムレットを監視している。監視されているハムレットは愛するオフェリアに真実の言葉をかけられないでいる。だからほかの人間の耳を意識して、オフェリアに残酷な言葉を浴びせかける。

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伊勢丹といえば古くから新宿のランドマークともいうべき存在だった。高度成長が始まる前からこの地にでんと聳え、多くの買い物客を集めたものだ。まだエスカレーターが珍しかった頃、伊勢丹に来れば乗ることができるというので、近隣の小僧たちが集まって来たものである。

ウィリアム・B・イェイツの詩集「塔」から「男の生涯11 コロノスのオイディプスより」From 'Oedipus at Colonus(壺齋散人)

  神の与え賜うた寿命に甘んじ それ以上を求めるな
  若い頃の喜びにこだわるのは止めよ 旅に疲れた老人よ
  ほかに求めるものがなくなれば ひとは死を求めるようできているのだ

ウィリアム・B・イェイツの詩集「塔」から「男の生涯Ⅵ 追憶」His Memories(壺齋散人訳)

  わたしらは人目に触れてはならぬ
  秘められた標本のようであらねばならぬ
  サンザシのように身を折り曲げ
  冷たい北風に吹かれながら
  埋葬されたヘクトルのことや
  誰も知らないことを考えていよう

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今年2010年のノーベル平和賞は、中国の人権活動家で目下投獄中の劉曉波氏Liu Xiaobo (上の写真:Economist 提供)に授与された。

マルスリーヌ・ヴァルモール Marceline Desbordes Valmore の詩「失った秘密」Secret perdu(壺齋散人訳)

  何が慰めになるの? わしじゃと学問がいった
  「多くの秘密で以ておまえを楽しませてやろう」
  そこでわたしは沢山の本に囲まれて過ごした
  けれど涙はかわかなかったわ いつも泣いていたの

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複数の惑星を持つことで知られる天体 Gliese581 に7個目の惑星が発見された。しかもこの惑星は、ハビタブルゾーンに位置していることから、生命が存在する可能性があるという。



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