王妃のガートルードがクローディアスによる先王の殺害についてどれほどのことを知っていたか、それは劇の表面からはわからない。王妃自らそのことについては一言もいわないからだ。だが観客はハムレットとともに、王妃が何かを知っているのではないかと、思わずにはすまないようなところもある。
王妃は、夫が死んで喪も明けないうちにクローディアスと結婚するのである。夫が生きているうちからクローディアスと結びついていたと思われても仕方がないところがある。
ハムレットが母親についてもっとも悩むのもその点なのだ。ハムレットは父親がクローディアスによって殺されたと信じてはいるが、母親がそれに加担したとまでは思えないでいる。だが喪も明けないうちにクローディアスと結婚したことは許せない。
それでハムレットはことあるごとに母親にいどみがかっては、母親の非を攻め立てるのだ。お母さんは、お父さんが死んでいくらもたたないうちに、自分の体にまだお父さんの匂いが残っているうちに、別の男を抱いて、汚らしい快楽に耽っているのだと。
ガートルード:おおハムレット それ以上言わないでおくれ
お前の言葉はわたしの目を心の奥底に向けさせる
そこには洗っても落ちない
どす黒いしみがある
ハムレット:落ちるものですか
脂ぎったベッドの中で汗まみれになりながら
欲情におぼれて快楽をむさぼっている限りは
それもいやらしい豚を相手にして
ガートルード:もういわないでおくれ
お前の言葉はわたしの耳に剣のように突き刺さる
お願いハムレット もういわないで(第三幕第四場)
QUEEN GERTRUDE:O Hamlet, speak no more:
Thou turn'st mine eyes into my very soul;
And there I see such black and grained spots
As will not leave their tinct.
HAMLET:Nay, but to live
In the rank sweat of an enseamed bed,
Stew'd in corruption, honeying and making love
Over the nasty sty,--
QUEEN GERTRUDE:O, speak to me no more;
These words, like daggers, enter in mine ears;
No more, sweet Hamlet!
ハムレットは自分を生んだ母親の腹の中が、父親以外の男によって荒らされるのが我慢ならないのだ。なのに母親は息子の気持ちを踏みにじって別の男、それもほかならぬ自分の父親を殺した当の男を抱く、脂ぎったベッドの中で汗まみれになりながら、別の男のいきり立ったペニスを腹の中に銜え込む,その顔は欲望でゆがみ、全身を悪の戦慄が走る。
ハムレットには思い起こしただけで身震いする光景なのだ。だからハムレットの母親への追及は果のないものになる。
ガートルード:ああハムレット お前はわたしの心を真っ二つに引き裂いてしまった
ハムレット:それならそのうちの悪いほうの半分を捨てて
残りの半分で清らかに生きてください(第三幕第四場)
QUEEN GERTRUDE:O Hamlet, thou hast cleft my heart in twain.
HAMLET:O, throw away the worser part of it,
And live the purer with the other half.
こうしてみると、ハムレットの母親に対する感情は、近親憎悪に近いものがある。あるいは自分に対する怒りが、母親に投影されているのかもしれない。
関連サイト: シェイクスピア劇のハイライト
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