虐待の世代間連鎖:柳美里さんの場合

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作家の柳美里さんが、自分の子どもに対して虐待を繰り返していることを自覚し、カウンセリングを通じてそれを克服していく過程を、NHKの特別番組が追跡していた。(NHKスペシャル:虐待カウンセリング~作家 柳美里・500日の記録~)

親による子どもの虐待は、親に虐待しているという明確な意識がない場合が多い。子どものほうにも、自分が親に虐待されるのは、自分のほうに原因があるのだと思い込み、親による暴力の記憶を意識の底に閉じ込めている場合が多い。だからなかなか解決することが難しい。といって放置しておくと、深刻な事態につながることもある。

柳さんも最初は、自分が子どもを虐待しているという意識はなかった。子どもをぶったり、怒鳴ったりするのは、しつけの一環であり、親としての責任を果たしているだけなのだと思っていた。だからそれが虐待だと第三者に指摘されたときには、驚愕もしたし、自分を責めもした。なんとか直さなければならないとも思った。

こうして、専門家によるカウンセリングが始まった。カウンセラーは東海学院大教授・長谷川博一さんだ。長谷川さんはこれまでも、柳さんと同じような問題を抱えた人々とかかわり続け、中には立ち直った人もいる。

長谷川さんが日ごろ着目していることは、子どもを虐待する親は、自分自身が子どもの頃に親から虐待されたことがあるという経験則だった。

虐待を繰り返す多くの親たちは、そのことを意識の底にしまいこみ、ほとんど自覚していない。ところがその記憶を呼びさまし、自分が親によって虐待されたという事実と正面から向かい合うことで、自分自身の虐待行動を自覚することができるようになり、それをもとに、虐待しなくなるようになれる場合がある、長谷川さんはそう考えて、柳さんに、子ども時代の両親との関係を記憶の表面に呼びもどすことをすすめた。

そういわれれば、柳さんには思い当たることがあった。父親には暴力を振るわれ、母親には暴言を吐かれた。つまり自分自身も、自分の親から虐待を受けていたのだ。

いままでそうした事実は心の底にしまっていた。それを思い出すのはつらかった。だがそのつらさを乗り越えなければ、虐待から開放されることはない。そう考えて、歯を食いしばる気持ちで、両親との関係を生きなおすことにした。それにはもう一度両親と話し合わねばならない。その両親は、いまでは離婚している。

母親は、話の内容が急所にさしかかると、つらそうな顔をして、それ以上語るのを拒絶した。父親も始めは躊躇していたが、自分自身も父親から虐待を受けた記憶を呼び覚ました。父親は自分が父親から殴られるのは、自分にも理由があるからだと思って、父親の虐待を責めるようなことはなかった。だから自分が娘に対して同じようなことをしても、それが悪いことだという自覚は持たなかった。こんなことがおぼろげにわかってきた。

こうして子どもを虐待するという行動パターンは、柳さんをこえて、柳さんの父親、そのまた父親という具合に、世代間に受け継がれてきたということがわかってきた。虐待の世代間連鎖のようなメカニズムが働いていたわけである。その連鎖は、解きがたい呪縛となって、柳さんとその子どもとの間にも作用した。

ここまで自分の行動の背後にある事情がわかってきて、柳さんは始めて、自分自身を対象化して見られるようになった。

自分を対象化できることで、柳さんは無意識に虐待に走るというパターンから開放される望みがでてきたような感じがしたという。まだ完璧ではないかもしれないが、いままでより前進したことはたしかなようだ。

テレビに映し出されながら、自分自身と戦う柳さんの表情は、つらそうだった。何故関係のない人たちにまで、そんなつらい顔をさらさねばならないのか。観衆のひとりである筆者にはわからない。ただ柳さんのつらそうな顔に強い感情を覚えたのは確かだ。





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このページは、が2011年5月16日 20:17に書いたブログ記事です。

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