日本の災害医療:医師たちの果てなき苦闘

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NHKが「果てなき苦闘 巨大津波 医師たちの記録」と題して、東日本大震災から三か月間の、被災地の災害医療の実態について報道していた。そこには、地域医療の全面的な崩壊という予想だにもしなかった厳しい状況を前にして、二十数万人の被災者たちにとって唯一の頼みの綱とならざるを得なかった石巻赤十字病院の医師たちの、懸命な努力が追跡されていた。そこからは、日本の災害医療の現状と、今後へ向けての課題がそれなりに浮かび上がってくる。さまざまな意味で貴重な記録だといえる。

石巻赤十字病院は、石巻市を中心とした宮城県北部沿岸地域の拠点病院として、地域の医療機関と連携して、重症患者の生命を守るという使命を持っていた。この病院の災害医療の責任者石井医師は、神戸大震災の経験を踏まえ、石巻赤十字病院に綿密な災害医療体制を整備してきた。それはトリアージの考えに従って、地域医療では対応困難な患者を、けがの程度に応じて傾斜配分的に医療資源を投入しようとするものだった。

しかし巨大津波のインパクトはあまりにも強烈だった。連携を図るべき地域医療機関がすべて消滅し、石巻赤十字病院は地域住民二十数万人の医療を一手に抱え込まなければならなかった。災害の当日こそ不気味な静かさのうちで過ぎたが、翌日からは重症患者が詰めかけた。一日二千七百人、通常の15倍の患者を迎え、石巻赤十字病院はパニックに直面したが、医師たちや看護スタッフなどの献身的な努力で、不眠不休の治療にあたった。看護師自体、多くの人々が被災しているにもかかわらずだ。

石井医師のマニュアルでは、災害時には行政と医療機関には役割分担があるはずだった。災害情報や住民の医療ニーズについては行政が収集し、それを医療機関に通知する、医療機関はこの情報をもとにして必要な医療資源を配分する、これがあるべき姿だった。

しかし行政機関自体も、巨大災害の中で目前の対応に追われ、必要な情報を医療機関側に提供できる能力を失っていた。そこで石井医師は自分たち自身で地域を巡回して、災害の状況と医療ニーズの現状を把握しようとした。全国から集まってきた120人の応援チームが協力した。

その結果、300か所の避難所に7万人の被災者が身を寄せ、困難な生活を強いられている実態が分かった。緊急に医療を必要としている人々の状況が分かったとともに、それ以前に食料もなく、飢えに苦しんでいる人々がたくさんいることに石井医師はショックを受けた。食料でさえないのだから、上水や下水があるべくもない。放置しておけば、感染症が爆発しないとも限らない。石井医師は危機感を覚え、早速行政機関をせきたてた。

宮城県庁では地域医療の担当者と真剣なやりとりを行った。担当者は被災地のことを殆どわかっていなかった。石井医師の追及にたじろいで、照れ笑いをする場面もあった。そんな担当者を石井医師は「ニコニコしている場合じゃないでしょう」と叱責する。宮城県庁は自分たちの無能ぶりが全国にさらされることを恐れてか、それ以後の取材を拒否したのだった。

石井医師は、国、県、市町村の間で、情報のやり取りがうまくおこなわれておらず、その結果、全国から集まってくる支援物資が、被災現場に届かない実態が生じていると感じた。県の医療担当者は、市町村との間の情報チャンネルが崩壊している中で、災害現場の情報を殆ど把握していなかったのだ。

そんな状況を前に石井医師は次のように言う。「まずは地元の市にかけあって必要な情報や資源を獲得する、それでだめなら県に掛け合う、県でもだめなら国に掛け合う、そうするしかないのです、でも国に掛け合ってもまだ駄目なら、この国は終わりということでしょう」

事態の改善の見通しがついてきたのは、災害発生から2週間後のことだった。それまでに、石巻赤十字病院で亡くなった人の数は262人だった。多くは急性肺炎や感染症といった、津波災害と密接な関連を持った病気が原因だった。

石井医師はいう。「災害医療には完璧なマニュアルはないかもしれない。状況に従って柔軟な判断をする場面が多いかもしれない。しかし準備は怠るわけにはいかない。次だってまた来ますよ」(写真右は石井医師:NHK)





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このページは、が2011年7月 3日 20:09に書いたブログ記事です。

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