ネーデルラントの諺:ブリューゲルの世界

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1559年はブリューゲルにとってターニング・ポイントとなる年だった。二三年前から描き始めていたらしい油彩画を、この年から本格的に描き出すのだ。しかもそれは西洋絵画の上でも、強烈なインパクトを持つ作品群だった。

その一つがここに挙げた「ネーデルラントの諺」だ。画面いっぱいに動き回る民衆を描いたこの作品は、さまざまな意味でブリューゲルという作家の特質を盛り込んでいるような印象を与える。

特質の第一は、当時民衆の間に広く知られていた諺や処世訓を絵の形で表すことだ。この特質は版画においても、「七つの大罪シリーズ」とか、「七つの徳目シリーズ」とかいう表現されていたが、この作品では諺を視覚化しているわけだ。

この絵の中で紹介されている諺の数は半端なものではない。優に百を超える。人によっては118の諺が描かれているともいう。

第二は、版画の中でも展開されていたボス的なイメージを引き続き採用していることだ。これは後期になると次第に薄らいでいくが、この作品の中ではまだ強く残っている。(窓から突き出した尻、小さな魚を呑み込む大きな魚、球体の中に突っ込んだ人間の上半身など)

第三は、膨大な数の人間を描くことだ。これはブリューゲルが最後まで捨てなかった傾向だ。

以上はブリューゲルの油彩画に共通してみられる特徴だが、この絵に限っての特徴を云えば、それは寓意的なイメージの強烈さだろう。

どんな諺にも、それを表現する人間の強烈な仕草やイメージの豊かさが対応している。

現代の美術批評家の多くは、この絵を逆さまの世界を描いたものだといっている。画面左端の地球儀を見ると、その下部に十字架がぶら下がっているが、これは世界が逆さまになっていることの象徴だというわけである。(十字架はぶら下がるものではなく、立っているものだ)

これに限らず、イメージのひとつひとつを子細に分析すると、人間の行為の不合理さを描くことによって、自分の意図とは異なった結果をもたらす愚かな人々という構図が見えてくる。つまり世界は逆さまな意図によって動かされているという諦念だ。

その一つの典型が、画面の中央に描かれている。赤いローブを着た女が亭主に青い上着を着せている。その上着にはくちばしのような、あるいは角のようなものがついている。青は不義の色、角は寝とられ亭主を表す。つもりこのイメージは、亭主を大事にすると見せかけて、陰で浮気に走る妻の逆さまの意図を表現しているわけである。

(1559年、板に油彩、117×163cm、ベルリン国立美術館)


関連サイト:ブリューゲルの版画





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このページは、が2011年7月 4日 18:58に書いたブログ記事です。

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