狂言「鶏婿」

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狂言には「婿狂言」に分類される曲が10数曲あり、それらはさらに、婿選び、婿入り、婿と舅の喧嘩に再分類される。「鶏婿」は、「包丁婿」、「音曲婿」、「引敷婿」とならんで婿入りをテーマにした作品である。

婿入りというのは、中世に見られた風習で、嫁を貰った男が舅のもとへ挨拶することで正式な婿として認めてもらう儀式である。儀式であるから当然しきたりがあるが、そのしきたりから外れて羽目を外すことで、笑いを巻き起こそうというのが、「婿入り」ものに共通した内容となっている。

この作品では、これから婿入りをしようという男が、先輩の家を訪ねて教えを乞うところから始まる。

男は教わる立場にもかかわらず横柄な態度をとるので、先輩は気に食わない。そこで間違ったことを教え、男に滑稽なことをさせて、恥をかかせてやろうとする。いい加減なことをいって、男に鶏の真似をさせようというのである。

男は先輩に教えられたとおりに、舅の前で鶏の真似をするが、舅はそれをバカにしたりせずに、婿と一緒に鶏の真似をしてみせる、そうすることで観客にほのぼのとした笑いを提供する、というのが一曲の趣向である。

内容からしてドタバタ喜劇になりそうな要素を持っているが、演じ方によっては、上品な笑いを誘うことができる曲だ。

ここでは先日NHKが放送した大蔵流の狂言を紹介しよう。シテの舅役は山本東次郎が演じていた。

舞台にはまず、舅と太郎冠者が現れ、婿殿の婿入りにそなえて準備をする。次いで婿が登場して、これから舅の家へ向かう旨を口上する。

婿「これは人のいとしがる花婿でござる。今日は最上吉日でござるによって、舅殿の方へ婿入を致そうと存ずる。それにつき婿入には、いろいろしつけ・様体があるとは申せども、私はかつて存じませぬ。ここに日頃、お眼をかけさせらるるお方がござるによって、今日はあれへ参り、しつけ・様体を習うて参ろうと存ずる」

先輩の教え手は婿のきらびやかな衣装をほめたたえるが、婿の方は、自分が再三婿入りした経験がおありだろうなどと、冷やかすような言い方をする。それが癪に障る。そこでひとつ、恥をかかせてやろうと思うようになる。

教え手「こはいかなこと。その年になるまで、婿入のしつけ・様体を知らぬと申して習いに参った。あのような者に、まことを教えてはいかがでござるによって、筋ないことを教え、当座の笑い草に致さしょうと存する」

教え手は,婿入のしつけには大昔風、なか昔風、当世風の三種類があるが、どれがよいかと、勿体をつける。婿は当世風を教えてくれと頼む。そこで教え手は鶏の真似をするように教える。しかも丁寧なことに、鶏のトサカにみたてた烏帽子までかぶせてやる。

「まず舅の門外へ行て案内を乞おうとき、鶏の蹴合うまねをし、そののち謡い節にかかって座敷へ通り、舅と対面の時も、鶏の蹴合うまねをするを、当世風の鶏婿と申す」

だまされていることを知らない婿は、喜び勇んで舅の家に行き、早速鶏の鳴きまねをする。

婿「のうのう、うれしやうれしや。まんまと婿入のしつけ・様体を習うてござる。まず急いで参ろう。イヤまことに、問うは当座の恥、問わぬは末代の恥と申すが、某も問わずに参ったならば、よい恥をかくでござろう。・・・イヤ来るほどにこれじゃ。さらば習うたとおりに致そうと存する。コウコウコウコウ、コキャアコウコウ」

舅も太郎冠者もあきれ返るが、恐らく誰かにだまされているのであろうと、これ以上婿が恥をかくことがないよう、自分たちも鶏の演技に合わせてやる。

舅「ヤイヤイ太郎冠者、あれはまず何としたことじゃ。
太郎冠者「最前御門外でも、あの通りでござる。
舅「婿殿は真人なと聞いたが、誰そなぶっておこされたものであろう。某もあのとおりにせずは、舅はかえって物知らずじゃと言わりょうほどに、あのとおりにするが、あのような烏帽子があるか」

こうして最後には、婿と舅とが一緒になって、鶏ダンスをするわけである。

舅「舅はこれをみるよりも、
地「舅はこれをみるよりも、婿のしつけに劣らじと、広縁よりも飛んでおり、羽ばたきをしてこそ立ったりけれ
舅「コウコウコウコウ、コキャア、コキャア、コキャア
婿・舅「コウコウコウコウ、コキャア、コキャア、コキャア、コキャア

婿「もとより所もかかりなれば、
地「柳桜を追い回し、松はもとより常盤なれば、紅葉にまがうトサカ蹴られて、叶わじと、舅は内に入りければ、婿は婿入しすまして、かちどき作って帰りける、コウコウコウコウ、コキャアロウ、クウ」

この曲は、地謡が効果的に使われているが、最後もその地謡に合わせて、二人が踊る滑稽な仕草が観客を沸かせてやまない。


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このページは、が2011年8月14日 19:02に書いたブログ記事です。

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