マクベスにおける亡霊

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シェイクスピア劇の中で亡霊が大きな役割を担うのは、ハムレットとマクベスである。ハムレットの中の亡霊は饒舌だ。彼は殺されたデンマーク王の亡霊であり、息子のハムレットの前に出没しては、自分が殺された怨念をつらつらと語る。ハムレットはその亡霊の言葉を信じて、父親の敵討ちに立ち上がるのだ。

マクベスに出てくる亡霊はそんなに饒舌ではない。それはハムレットの亡霊のようにはじめから明確な形で現れるわけではない。まずは狂いかけたマクベスの幻想として現れるのだ。

マクベスが暗殺者たちにバンクォを殺すように命じたのは、彼の子孫がスコットランドの王位を継ぐだろうという魔女の言葉に反応したためだ。バンクォの子孫が王になるということは、自分がいづれはバンクォかその息子たちに殺される可能性を物語っている。それなら自分が殺される前に、バンクォを殺さねばならない、こう思ったからこそ、バンクォを殺させたわけだ。だがバンクォは黙って殺されることにに甘んじてはいなかった。バンクォは繰り返しマクベスの幻想の中に現れ、マクベスに自分の罪と、魔女たちの言葉が持つ意味とを、考えさせずにはおかないのだ。

  マクベス:脳天を叩き割られれば人間は死ぬものだ
   それで一巻の終りのはずだ だが今では再び立ち上がる
   額に二十もの致命傷を負いながら
   俺たちを椅子から追いのけようとする
   こんなバカなことがあるか これでは殺人などできるわけがない
  MACBETH:That, when the brains were out, the man would die,
   And there an end; but now they rise again,
   With twenty mortal murders on their crowns,
   And push us from our stools: this is more strange
   Than such a murder is.(3.4)

殺人が成就することがないという嘆きには、魔女たちの予言には逆らえないという諦念が隠されている。マクベスはどんな形にしろ、バンクォに席を譲らざるを得ないようにできているのだ。

魔女たちの予言はどのようにして成就されるか、そのことをマクベスに暗示するのはマクベス自身の幻想ではなく亡霊たちだ。第四幕の第一場で三人の亡霊たちが魔女たちに導かれながらマクベスの目の前に現れる。

第一の亡霊は冑を被った首として現れる。この亡霊はマクダフに気をつけろという。マクダフは後にマクベスを倒すこととなる男だ。

第二の亡霊は血まみれの子どもとして現れる。この亡霊は、女から生まれたのではないものがマクベスを倒すだろうと予言する。

第三の亡霊は王冠を被り、一本の木を手にした子供の姿として現れる。この亡霊は、バーナムの森の木がダンシネーンの丘に向かって動いたときに、マクベスは倒されるだろうと予言する。

この後、魔女たちに導かれるようにバンクォとその子孫たちの亡霊が出てくる。バンクォはすでに殺されているから文字通り亡霊だが、子孫たちはまだ生まれてはいない。彼らはこれから生まれてきて、次々とスコットランドの王位につくであろう。彼らは過去からやってきた亡霊ではなく、未来からやってきた亡霊というわけだ。

マクベスはこの予言を聞いたあと、当面の自分の敵マクダフを殺そうとする。だが危険を感じたマクダフは先手を取って逃亡し、反乱の準備に取り掛かるのだ。こうして劇は結末に向かって一気に進行する。亡霊たちの予言が次々と実現し、マクベスはマクダフによって倒されることとなる。

自分がいよいよマクダフによって倒されようとするに望んで、マクベスは男らしく最後まで凛々しく戦うぞと宣言する。それまで優柔不断でかつ疑り深かったマクベスが、あたかも神の戦士のような毅然とした態度を示すのだ。

  マクダフ:さっさと降伏しろ 卑怯者め
  マクベス:絶対に降伏などせんぞ
   マルカムの小僧めの足元にひれ伏し
   笑いものにされるのはまっぴらだ
   たとえバーナムの森がダンシネーンに向かって動こうが
   おまえが女の腹から生まれたのではないとしてもだ
   おれは最後まで戦うぞ
  MACDUFF:Then yield thee, coward,
  MACBETH:I will not yield,
   To kiss the ground before young Malcolm's feet,
   And to be baited with the rabble's curse.
   Though Birnam wood be come to Dunsinane,
   And thou opposed, being of no woman born,
   Yet I will try the last.


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このページは、が2011年10月 8日 18:26に書いたブログ記事です。

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