大阪都構想の本音

| コメント(0) | トラックバック(0)

地域政党維新の会を率いる橋下大阪府知事が自ら大阪市長になって、是が非でも大阪都構想を実現したいといきまいているそうだ。府と市の間で二重行政の状態が生じ、それが多くの無駄を生んでいるから、東京のように、府と市の垣根をなくして一元的な行政を行えるようにしよう、そうすれば予算をはじめ資源の効率的な活用も可能となり、大阪の経済圏も地盤沈下から逃れられる、こんな理屈のようだ。

橋下氏がモデルにしているのは、もちろん東京都だ。東京にもかつては府と市があったが、昭和18年に両者が一体化して東京都ができた。それ以来今日まで、首都の行政制度として、また世界有数の大都市の制度として機能してきた。

東京都ができたことの最大の誘因は、その成立年代からも類推できるように、戦争遂行と云う目的があったことだ。徴兵をはじめ、戦争を効率的に遂行するうえで、何かと小うるさいことをいう東京市を廃止して、これを東京府に吸収合併し、官選の知事に首都の行政を一元化させることで、効率的な戦時行政を推進しようというのが最大の目的だったわけだ。

だから、地方自治の歴史解釈の上では、東京都の成立というのは、民主化の流れに反した出来事だったというのが本筋だろう。それが戦後も廃止されずに今日まで生き残ってきたのは、戦後復興のための効率的な組織として非常に役立ったこと、また首都の行政として何かと都合の良い面を持っていたことなどが作用している。一方で巻き起こる民主化要求の動きに対しては、特別区の権限を強化することで、なんとか乗り切ってきた。

橋下知事もこんなことは分かっていると思う。だがわかっていながら、大阪にも都を実現させようとする気持ちの背景には何があるのか。政敵の中には、それを、橋下さんの権力欲に結びつけるものもいるそうだ。

橋下さんは折角大阪の知事になったものの、お山の大将になれなかった。大阪にはもうひとり大阪市長という大将がいて、なにかと大阪府知事の権威を制約する。それがどうも面白くない。ならば府と市を一緒にさせて、自分がその長に収まれば、本物の大将になれる。都知事は一人しかいないのだから、誰にも遠慮せずに、大阪のことは自分一人の胸先三寸で決めることができる、これが橋下さんの本音なのではないか。

いやいや、それは意地の悪い見方というものだ、と橋本さんの味方をするものもいるだろう。いまの行政制度を前提にする限りは、たしかに大阪のような狭い範囲の中で府と市が両立し、互いに牽制しあっているのは、尋常な眺めとはいいがたい。第一不効率過ぎる。大都市行政の一元化とか資源やサービスの有効配分といった視点からも、二重行政は問題だ。だから橋下氏の言い分にも、相応の根拠がある、とそういう人たちは言う。

しかし二重行政を解消するには、なにも都構想だけが処方箋ではない。府が持っている権限を市に移管して、大阪市に強い権限を持たせるというやり方もある。民主主義のルールからいえば、むしろこのほうが自然な考え方と云える。

橋下氏や名古屋の川村市長が、都構想を云々するようになった背景には、大阪や名古屋の都市基盤が弱体化して、都市としての存立があやうくなってきたことへの、危機感もあるだろう。だがそのことを、即都構想に結びつけるのは芸がないのではないか。

先述したように、東京の行政制度としての都は、歴史的な背景をもっている。そのなかでも最も重視されたのは一元組織による効率的な都市運営というものだった。その効率性の前で、住民自治は一定程度制約されてきた。

だが東京もそうだが、大都市を取り巻く状況は変化してきている。その最大のものは、政令市が20にもなったことに見られるように、今の日本の社会においては、都市生活者の利便性と政治参加をどのように保障していくかということが、一つの大きな政治的課題になっている。大都市は、もはや少数の例外ではなく、国民にとっての普遍的な生活単位となっているのだから、こうした新しい時代に即した大都市制度というものが、もっと真剣に論じられてもよい。その場合、少なくとも、東京の都制度は大都市にとっての普遍的で望ましいモデルとは言えないと思う。

また、大都市との関係で、都道府県のあり方も、いまのままでいいのかどうか、改めて大きな議論が巻き起こってもよいような気がする。都道府県の規模が中途半端なことが、橋下さんのような問題意識を生じさせる温床ともなっているからだ。

いまの都道府県が制定されたのは明治維新の時だ。維新政府はこの制度を律令制時代の組織をもとに制定した。要するに、大都市の存在などはすこしも考慮のうちには含まれていなかったのであるから、大都市が普遍的となった時代に、さまざまな問題を引き起こすことともなるわけである。

大都市を包含する団体としては、いまの都道府県の規模は小さすぎる。道州制が想定するような規模でなければ、大都市を含んだ地方行政を、時代の要請に応えながら進めていくのは難しい。

その場合には、東京都はいったん廃止して、権限を強化された新しい東京市が、大規模団体としての首都圏州のようなものと対峙するような形にする、新しく生まれた大規模団体には、地域整備局のような国の地方機関も合体させる、これも一案だ。


関連記事:
大阪都、中京都構想に、東京都が反発





≪ 日中の知られざる攻防:中政懇の記録から | 日本の政治と社会 | 辺野古移転の実現可能性はあるのか:野田内閣の迷走 ≫

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://blog.hix05.com/cgi/mt/mt-tb.cgi/3558

コメントする



アーカイブ

Powered by Movable Type 4.24-ja

本日
昨日

この記事について

このページは、が2011年10月23日 20:00に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「青い瞳(YEUX GLAUQUES):エズラ・パウンド」です。

次のブログ記事は「穀物の収穫:ブリューゲルの世界」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。