この日は四十年に及ぶ勤め人生活を卒業して初めて迎ふる日なり。一日の様子を日記にしたたむること例の如し。次のとほりなり。
十一月三日(木)祝日。陰。午前長津川調整池公園を散策す。一の老婦人あり、小型のブルドッグを従へて我が前を歩きてあり。ブルドッグは赤いちゃんちゃんこを着せられ、すまし顔に歩きをりしが、背後を歩く余が気になるとみえて、しきりに振り返りては余の顔を注視することたびたびなりき。そのうち、余を主人とみまがひたるか、なれなれしくも余の足元にじゃれ付くに及ぶ。ブルドッグの夢中になるほどに主人の老婦人ははるか彼方に去れり。余ブルドックに向かって、早く主人のもとに馳せつけよと、彼方の方向を指させり、ブルドッグあわてふためきて主人の後を追ひて走り去りたり。夕刻、荊婦寿司を取り寄せ、食卓に息子らを同席せしめ、亭主の卒業を記念して乾杯をなす。余、その心意気に大いに感ずるところあり。しかして余いふ、今後は研究に邁進すべし、結果を世に問ふべし、ノーベル賞は無理としても文化勲章くらゐは目指すべしと。妻子激励してやまず。
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