根拠のない嫉妬:冬物語

| コメント(0) | トラックバック(0)

シェイクスピアの劇「冬物語」は、レオンティーズの強烈な嫉妬から始まる。彼の嫉妬が、自分の妻子を破滅させ、自分自身をも絶望の淵に沈めることになる。この劇はそのような絶望的な状況がいかに形成されたか、そしてそれがどのように癒されたかについての、いわば死と再生のサイクルに類似した物語なのだ。

男の嫉妬ということについては、オセロの嫉妬も強烈だった。オセロは結婚したばかりのデスデモーナの振舞を疑い、強烈な嫉妬を抱くばかりか、嫉妬の激情に駆られてデスデモーナをくびり殺してしまったのだった。

だがオセロの場合には、オセロに嫉妬を抱かせるように仕掛けた悪党がいた。イヤーゴである。イヤーゴは巧妙な仕掛けでオセロをだまし、ありもしない妄想を抱かせるのだ。

ところがレオンティーズには、妻を疑わねばならない明確な根拠はない。彼は妻が自分の友人であるポロクシニーズにもう少し長く滞在するように説得する場面を見て、てっきりそれを不倫の現場だと邪推してしまうのだ。それがもともと自分から妻に依頼していたことであるのを忘れて。

オセロもまた、デスデモーナがキャシオと話している場面を遠くから見て、それを不倫の現場だと邪推した。だが彼の邪推は、イヤーゴによって仕組まれた前段があるからこそ、湧き上がってきたものだ。だからそれには、根拠と云えるものがないわけではない。しかしレオンティーズは、何の根拠もなく突然妻を疑い始めるのだ。

妻の不倫を疑っている男の目には、妻のする行為はことごとく疑わしく映る。

  レオンティーズ:ひそひそささやきあっても何でもないというのか?
   頬と頬を寄せ合っても? 鼻と鼻をくっつけあっても?
   舌を絡ませ合っても? 笑いを押し殺して
   ため息をついても?
   まぎれもない不貞ではないか
   足と足を絡ませ合い
   隅っこでひそひそ話をし
   時間が早く過ぎることを願い
   1時間が1分間になり 昼が夜になり
   自分たち以外の人間たちが皆盲目になり
   自分たちのしていることが知られずにいることを願う
   これが何でもないというのか?
  LEONTES:Is whispering nothing?
   Is leaning cheek to cheek? is meeting noses?
   Kissing with inside lip? stopping the career
   Of laughing with a sigh?--a note infallible
   Of breaking honesty--horsing foot on foot?
   Skulking in corners? wishing clocks more swift?
   Hours, minutes? noon, midnight? and all eyes
   Blind with the pin and web but theirs, theirs only,
   That would unseen be wicked? is this nothing?(1.2)

レオンティーズの目は、疑いのために曇り、彼の判断は妄想に支えられているに過ぎない。

そんな男の前で、女は何の申し開きもできない。それは、神が運命として個々の人間に下された試練なのだ。

  ハーマイオニー:今は悪い惑星が支配しているらしい
   天がわたしに味方してくれるようになるまで
   我慢しなければいけないようね
   みなさん女と云うものは こうした場合には泣くのが普通ですが
   私は決して泣いたりはしません
   そうすることで あなたたちの同情が干上がっても泣きません
   ですが この胸の内には涙を以ても消しきれない
   名誉ある悲しみが宿っているのです
  HERMIONE:There's some ill planet reigns:
   I must be patient till the heavens look
   With an aspect more favourable. Good my lords,
   I am not prone to weeping, as our sex
   Commonly are; the want of which vain dew
   Perchance shall dry your pities: but I have
   That honourable grief lodged here which burns
   Worse than tears drown: (2.1)

気丈に運命に立ち向かおうとするハーマイオニーの姿が、観客には神々しく映るだろう。彼女は夫によって加えられた不正も、きっと神々によって償われるだろうと信じている。そんな彼女を、神々は決して見捨てることはしないだろう。

  ハーマイオニー:神々が人間の行動をご覧になれば
   必ずや 無実をして言いがかりを赤面させ
   暴虐を振るえおののかせることでしょう
   あなたは否定なさっていますけれど
   過去のわたくしが 貞淑で清潔で真実であったことは
   現在の私が不幸であるのと同じくらい確かなことです
  HERMIONE:if powers divine
   Behold our human actions, as they do,
   I doubt not then but innocence shall make
   False accusation blush and tyranny
   Tremble at patience. You, my lord, best know,
   Who least will seem to do so, my past life
   Hath been as continent, as chaste, as true,
   As I am now unhappy;(3.2)

これに対して、夫のレオンティーズは、妄想に沈殿し、神々の神託に逆らう。嫉妬に狂った男には、正義と云うものは存在しない。存在するのは嫉妬によって赤く染まった激情のみだ。

  レオンティーズ:お前が読み上げたことは確かなことか
  役人:はい確かに
   私の読み上げたとおりです
  レオンティーズ:それならば信託の中には真実はないということになる
  LEONTES:Hast thou read truth?
  Officer:Ay, my lord; even so
   As it is here set down.
  LEONTES:There is no truth at all i' the oracle:(3.2)

こうして激情に狂ったレオンティーズは最愛であるはずのものをすべて失う羽目になる。彼が激情から目覚めたときには、すでに取り返しのつかないことが成就されているのだ。


関連サイト: シェイクスピア劇のハイライト





≪ 冬物語(Winter's Tale):シェイクスピアのロマンス劇 | シェイクスピア | テンペスト:シェイクスピアのユートピア ≫

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://blog.hix05.com/cgi/mt/mt-tb.cgi/3813

コメントする



アーカイブ

Powered by Movable Type 4.24-ja

本日
昨日

この記事について

このページは、が2012年2月11日 18:48に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「イスラム社会のクリストフォビア(Christophobia)」です。

次のブログ記事は「習近平:新時代の中国の指導者」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。