先軍政治:北朝鮮は、いま

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北朝鮮研究学会編、石坂浩一監訳「北朝鮮は、いま」(岩波新書)を読んだ。韓国の北朝鮮問題専門家集団が、金正日時代における北朝鮮の、政治、経済、社会の諸相について、それぞれ持ち寄った論考をまとめたものだ。最近の北朝鮮事情を理解するうえで、基礎的な情報をもたらしてくれる。

「いま、朝鮮半島には大いなる順風が吹いている。60年あまり続いてきた冷戦が清算され、ついに恒久平和がその慈しみ深い姿をあらわそうとしているのである」

これは「日本の読書のみなさんへ」と題した、冒頭の一節である。この本が書かれたのは2006年の時点であるから、金大中、盧武鉉とつづいたいわゆる太陽政策が一定の効果をあげ、南北の相互交流と相互理解が進んでいると感じられていた時期だ。そうした時期の楽観的な雰囲気が、この言葉の中には反映しているのだと思われる。だが、その後、北朝鮮は核開発で周辺諸国の批判を浴び、韓国の李明博政権とは厳しく対立するようになって、このような楽観的なムードは消し飛んだといったところだ。

「政治・外交編」では、金正日下の北朝鮮の政治体制を「先軍政治」として特徴づけている。これは1998年5月26日付労働新聞社説「軍民一致で勝利しよう」で、初めて定式化されたものだ。軍事先行の原則にもとづいて、革命と国家建設を進めていこうというものだが、政治経済社会のすべてにわたって、軍を優先しようとするこの考え方には、ようやく権力の掌握を完成させた金正日の意思が盛り込まれていたと考えられる。

1991年のソ連崩壊をはじめ、1980年代末から1990年代初めにかけて、世界中の社会主義体制が崩壊して、北朝鮮はいわば社会主義の虎児のような境遇に陥ってしまった。その一方、アメリカによるイラク攻撃とそれに続くフセインの殺害は、金正日に深刻な恐怖を巻き起こした。彼にとっては、社会主義の虎児となった北朝鮮の運命と自分の安全とが完全に重なって見えたに違いない。そこで、先軍政治とは、強力な軍隊を自分の意のままにすることで、社会主義の延命と自分の安全を確保しようとする、金正日なりの意思の表れといえなくもない、この本の著者たちはそんなふうに位置付けているようだ。

金日成時代の北朝鮮の公式イデオロギーは「主体思想」と呼ばれるものだ。これは外国からの不当な干渉を跳ね返して、北朝鮮独自の、自発的な社会主義を実現しようというもので、それなりにイデオロギーの体系をなしていた。だが先軍政治にはそんなイデオロギーは存在しない。それは軍が先頭になって、体制とその主義者である金正日を守る、そういう意思表示であるに過ぎない。

「北朝鮮が革命を守るためには軍隊が必要だと感じたり、安保の危機が迫っていると感じる限り、先軍政治は続くだろう。しかし、軍隊なしでも革命を守ることができたり、安保を脅かす要素が消えたりすれば、その瞬間に先軍政治は終わりをつげるだろう」

こう論者の一人はいっているが、しかしそういう事態はなかなかやってこないのではないか。

金正日が死んで、その息子の金正恩が後継者となったいま、先軍政治はますます権力のカギとなりつつあるのではないか。金正恩が権力を完全に握ったうえで、しかも力だけではなく権威によって支配の地盤を固められない限り、北朝鮮を支配するうえで運命共同体となった軍の支持は、不可欠であり続けると思われるからだ。(写真は北朝鮮軍)





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このページは、が2012年3月 2日 19:14に書いたブログ記事です。

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