配給制と市場経済:北朝鮮は、いま

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「北朝鮮は、いま」(岩波新書)は、北朝鮮の経済体制の特徴についての簡単な言及と、現在北朝鮮が置かれている困難な状況について、概括的な説明を行っている。

北朝鮮は、建国後配給制を基本にして人民の生活を維持してきた。計画経済がうまく機能せず、配給に寄らないでも物資が十分に行き渡るほどにはならなかからだ。1958年には、食料品をのぞくすべての物資を、国営商店を通じた自由購入へときりかえたが、その後、1970年代末の経済悪化をうけて、配給制が復活、今日に至っている。

1995年には大規模な自然災害によって深刻な食糧難が発生、その後1998年まで、「苦難の行軍」といわれる経済難が続いた。この期間は一切の配給が止まり、人民は食料をはじめ深刻な品不足に悩んだといわれる。

北朝鮮は、1992年に、7.1措置といわれるものをスタートさせた。これは、それまで計画にだけ頼っていた経済運営の中に市場の要素を付け加えるものと説明されていたが、実際には計画経済によっては確保できない物資を、民間の活力を通じて確保させようとする試みだったということができる。

市場化が容認されたとともに、企業に対する一定程度の裁量権の付与や、貿易の自由化などが併せて行われ、これらによって、一部には経済が活性化する動きもみられたようだ。しかし、中国の場合とは異なって、こうした動きは中途半端なものにとどまった。市場化にせよ、海外貿易にせよ、それがあまりに広がると、体制の安定が脅かされると、指導者が考えたからだ。

それでも7.1措置は、北朝鮮の経済にそれなりのインパクトをもたらした。インパクトの中にはマイナスのものもある。インフレだ。これは供給能力が限られた中で、取引を自由化したことによって引き起こされたものだ。配給制ではなく、市場を通じて供給する体制は、十分な供給能力を伴わないと、需要の過熱となって、インフレをもたらすのは当たり前のことだ。

こんなわけで、北朝鮮は配給制を維持できないほど経済が疲弊する一方、市場化も中途半端なものに終わり、その結果古典的なインフレと物不足の深刻化に陥っている。

この本がカバーしている2006年より後になると、北朝鮮は核問題などを巡って、さらに孤立化を深め、経済状態も一層悪化しているとみられる。そんな中で金正日から金正恩への権力の移譲が行われた。金正恩は自分の権威を高めるためにも、経済の苦境を和らげる必要がある。その意味から、何らかのかたちで国際社会への復活のタイミングを狙っていると考えられる。ここ数日間における、アメリカとの話し合いは、そうした背景から行われているのだと思われる。





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このページは、が2012年3月 4日 20:58に書いたブログ記事です。

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