最低賃金が生活保護の水準を下回る「逆転現象」が、東京、大阪など11の都道府県で起きていることを、厚生労働省が発表した。同省によれば、こうした現象は必ずしも珍しいことではないのだそうだが、11もの都道府県で広範囲に起きたことは、これまでにはなかったそうだ。
何故こういう現象が起きるのか。原因は二つ考えられる。ひとつは生活保護の水準を上昇させるような要因があること、もうひとつは最低賃金を低下させるような要因があることだ。
生活保護の水準を上げる要因として最も大きいのは、家賃の高い大都市部での保護世帯の増加だそうだ。高い家賃が生活保護費の水準を引き上げているということらしい。それと並んで、高齢化を反映した医療費の増加もあるのだろうと思われる。
一方、最低賃金を低下させる要因としてもっとも大きいのは、中小零細企業の経営の悪化だという。リーマンショック後は経済の停滞と産業の空洞化と言われる現象が一層進み、国内の雇用が失われる一方で、賃金を引き上げられるような状況ではないといった事態が進行しているようだ。その背後にグローバリゼーションの進行があることはいうまでもない。グローバリゼーションは、非熟練労働に関しては、賃金の下落をもたらすからだ。
ともあれ、最低賃金が生活保護の水準を下回ることは、望ましいことではない。それ故これを是正すべきだという声が起こるのは避けられない。その場合、解決策は二つしかない。最低賃金を引き上げるか、生活保護の水準を引き下げるか、どちらかである。
最低賃金の引き上げに対しては、経営者たちの抵抗が大きいだろう。いまでも、ぎりぎりなのに、とても賃金を引き上げる体力は残っていない、と一斉に反発するだろう。人間らしい暮らしのできる賃金と言われても、ない袖は振れないというわけだ。
じゃあ、どうしたらいいか。最低賃金が引き上げられないのなら、生活保護費の方を引き下げろ、そういう声が起こってくるのは避けられない。最低賃金より生活保護費の方が高いのなら、なにもあくせくして働く意味がない、多くの国民がそう考えるようになっては、おしまいだ。それを食い止めるには、生活保護費の水準を最低賃金よりもかなり下の水準にとどめておく必要がある、という理屈である。それで足りようが、足りまいが、そんなことは重要な問題ではないのだ。
折から、生活保護費のいわゆる不正受給問題がメディアを賑わし、生活保護の受給に対する国民の目が厳しくなっている。あるお笑い芸人が、自分は多額の収入がありながら母親の扶養をしていなかったことに関して、生活保護制度がゆるゆるな運営になっているのではないかとの、国民の疑念をかきたてたというわけだ。
こんな事情があるから、生活保護水準を引き下げろという声にとっては、今はグッドタイミングの時期になっている。案外簡単に生活保護水準が引き下げられ、上述のような問題はあっさりとかたがつくのかもしれない。
厚生労働省といえば、生活保護と最低賃金の両方を所管する官庁だ。だから、お互い制度の趣旨が違うのだからといって、逃げるわけにはいかない。どうせ逃げられないのだったら、自分たちの蒙る痛みが少ない方を選択しよう、そう考えるのはごく自然なことだ。いつものとおり、役人は面子を保って貧乏人が泣くというわけだ。
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