漢詩と中国文化


杜甫の五言古詩「秦州を發す」(壺齋散人注)

  我衰更懶拙  我衰へて更に懶拙なり
  生事不自謀  生事 自ら謀らず
  無食問樂土  無食くして樂土を問ひ
  無衣思南州  無衣くして南州を思ふ

杜甫の七言律詩「促織」(壺齋散人注)

  促織甚微細  促織甚だ微細なり
  哀音何動人  哀音何ぞ人を動かす
  草根吟不穩  草根に吟ずること穩やかならず
  床下意相親  床下 意 相親しむ
  久客得無淚  久客淚無きを得んや
  故妻難及晨  故妻晨に及び難し
  悲絲與急管  悲絲と急管と
  感激異天真  感激天真に異なり

杜甫の七言律詩「初月」(壺齋散人注)

  光細弦欲上  光細くして弦上らんと欲す
  影斜輪未安  影斜にして輪未だ安からず
  微升古塞外  微に升る古塞の外
  已隱暮雲端  已に隱る暮雲の端
  河漢不改色  河漢色を改めず
  關山空自寒  關山空しく自ら寒し
  庭前有白露  庭前白露有り
  暗滿菊花團  暗に菊花に滿ちて團なり

杜甫の七言律詩「寓目」(壺齋散人注)

  一縣蒲萄熟  一縣蒲萄熟し
  秋山苜蓿多  秋山苜蓿(もくしゅく)多し
  關雲常帶雨  關雲常に雨を帶ぶるも
  塞水不成河  塞水河を成さず
  羌女輕烽燧  羌女烽燧を輕んじ
  胡兒製駱駝  胡兒駱駝を製す
  自傷遲暮眼  自ら傷む遲暮の眼に
  喪亂飽經過  喪亂飽くまで經過するを

杜甫の七言律詩「天末にて李白を懷ふ」(壺齋散人注)

  涼風起天末  涼風天末に起る
  君子意如何  君子 意 如何
  鴻雁幾時到  鴻雁幾時か到る
  江湖秋水多  江湖秋水多し
  文章憎命達  文章命の達するを憎み
  魑魅喜人過  魑魅人の過るを喜ぶ
  應共冤魂語  應に冤魂共に語るなるべし
  投詩贈汨羅  詩を投じて汨羅に贈らん

杜甫の五言律詩「不見」(壺齋散人注)

  不見李生久  李生を見ざること久し
  佯狂真可哀  佯狂 真に哀れむべし
  世人皆欲殺  世人皆殺さんと欲す
  吾意独憐才  吾が意 独り才を憐れむ
  敏捷詩千首  敏捷 詩千首
  飄零酒一杯  飄零 酒一杯
  匡山読書処  匡山は書を読みしところ
  頭白好帰来  頭白好し帰り来たれ  

杜甫の五言古詩「李白を夢む二首 其二」(壺齋散人注)

  浮雲終日行  浮雲終日行き
  遊子久不至  遊子久しく至らず
  三夜頻夢君  三夜頻りに君を夢む
  情親見君意  情親しみ君が意を見る
  告歸常局促  歸るを告げて常に局促たり
  苦道來不易  苦(ねんごろ)に道ふ來るは易からず
  江湖多風波  江湖風波多く
  舟楫恐失墜  舟楫失墜せんことを恐ると

杜甫の五言古詩「李白を夢む二首 其一」(壺齋散人注)

  死別已吞聲  死別已に聲を吞めり
  生別常惻惻  生別常に惻惻たり
  江南瘴癘地  江南は瘴癘の地 
  逐客無消息  逐客消息無し

杜甫の五言律詩「月夜に舍弟を憶ふ」(壺齋散人注)

  戍鼓斷人行  戍鼓人行斷え
  秋邊一雁聲  秋邊一雁の聲あり
  露從今夜白  露は今夜より白く
  月是故鄉明  月は是れ故鄉の明かり
  有弟皆分散  弟有れど皆分散し
  無家問死生  家の死生を問ふ無し
  寄書長不達  書を寄せど長く達せず
  況乃未休兵  況んや乃ち未だ兵を休めざるをや

杜甫の七言律詩「贊公の房に宿す」(壺齋散人注)

  杖錫何來此  錫を杖つきて何(いつ)か此に來れる
  秋風已颯然  秋風已に颯然たり
  雨荒深院菊  雨は荒る深院の菊
  霜倒半池蓮  霜は倒る半池の蓮
  放逐寧違性  放逐寧(なん)ぞ性に違はんや
  虛空不離禪  虛空禪を離れず
  相逢成夜宿  相逢ふて夜宿を成せば
  隴月向人圓  隴月人に向って圓かなり

杜甫の五言古詩「遣興三首其一」(壺齋散人注)

  下馬古戰場  馬より下る古戰場
  四顧但茫然  四顧すれば但だ茫然たり
  風悲浮雲去  風悲しくして浮雲去り
  黃葉墮我前  黃葉我が前に墮つ
  朽骨穴螻蟻  朽骨に螻蟻穴し
  又為蔓草纏  又蔓草の纏はるところと為る
  故老行嘆息  故老行くゆく嘆息す
  今人尚開邊  今人尚ほ邊を開くと
  漢虜互勝負  漢虜互ひに勝負あり
  封疆不常全  封疆常には全からず
  安得廉頗將  安んぞ廉頗將を得て
  三軍同晏眠  三軍同じく晏眠せん

杜甫の五言律詩「秦州雜詩二十首」其十九(壺齋散人注)

  鳳林戈未息  鳳林 戈未だ息まず
  魚海路常難  魚海 路常に難し
  候火雲峰峻  候火雲峰峻しく
  懸軍幕井幹  懸軍幕井幹(かは)く
  風連西極動  風は西極に連って動き
  月過北庭寒  月は北庭を過ぎて寒し
  故老思飛將  故老飛將を思ふ
  何時議築壇  何れの時か築壇を議せん

三吏三別で民衆の塗炭の苦しみを歌った杜甫は、華州での地方官としての職を辞する決意を固めた。民衆の苦悩を前にして、自分もその原因を作っている一人だという自責の念が沸き起こるとともに、毎日が瑣末な決済に追われる職務に耐えられない気持ちを感じたからだろう。

無家別は戦いに駆り出されて家族を持つこともできなかった男の嘆きを歌ったもの。久しぶりに故郷に帰ってくると、どの家も荒れ放題、たった一人の家族たる母親も、苦労しながら死んでしまい、その遺骸は埋葬されることもなく朽ち果てようとしていた。これでは到底健民の境遇とはいえない。

新婚別は、結婚したかと思うとすぐに夫を戦争にとられてしまった新妻の嘆きを歌ったもの。兵車行の中で杜甫は、男を生むより女を生んだほうが増しだと歌っていたが、ここではその女でも夫を取られて寡婦になるくるいなら、はじめから生まなかったほうがよかったという。それほど人民の苦悩は深まっているように見えたのだ。

石壕吏は三吏三別六篇の中でもっとも有名なものである。杜甫のヒューマニズムが、抑制された感情の中からにじみ出てくるような趣がある。すでに兵車行の中で、戦争のために駆り立てられていく民衆の苦悩を歌っていた杜甫であるが、この詩の中での民衆の苦悩は、さらに増幅された形で描かれている。

乾元初年(758)の冬、洛陽を占拠していた安慶緒は回紇の力を借りた唐軍によって撃破され、一時河南省に退いた。長らく故郷を離れていた杜甫は、この機会に洛陽に戻り、陸渾荘を訪ねてみたいと願った。

杜甫の五言古詩「衛八處士に贈る」(壺齋散人注)

  人生不相見  人生相見ざること
  動如參與商  動(やや)もすれば參と商との如し
  今夕是何夕  今夕は是れ何の夕ぞ
  共此燈燭光  此の燈燭の光を共にず
  少壯能幾時  少壯能く幾時ぞ
  鬢發各已蒼  鬢發各々已に蒼し
  訪舊半為鬼  舊を訪へば半は鬼と為る
  驚呼熱中腸  驚呼して中腸熱す

杜甫の七言律詩「九日、藍田の崔氏が莊」(壺齋散人注)

  老去悲秋強自寬  老い去って悲秋に強ひて自ら寬(ゆる)うし
  興來今日盡君歡  興來って今日君が歡を盡す
  羞將短髪還吹帽  羞づらくは短髪を將て還た帽を吹かるるを
  笑倩旁人為正冠  笑ふらくは旁人を倩って為に冠を正すを
  藍水遠從千澗落  藍水遠く千澗より落ち
  玉山高並雨峰寒  玉山高く並びて雨峰寒し
  明年此會知誰健  明年此の會知んぬ誰か健なる
  醉把茱萸仔細看  醉ふて茱萸を把って仔細に看る

華州の役所で杜甫が着任した司功参軍という職は、州内の官有地の管理から人民の生活にいたるまで広い領域をカバーするものだったらしいが、これまでの左拾遺が清官と呼ばれていたのに対して、これは卑官と呼ばれるように、高い志を持った杜甫にとっては不本意きわまるものだった。

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