中国古代の詩


詩経国風:召南篇から「摽有梅」を読む。(壺齋散人注)

  摽有梅    摽(お)ちて梅有り
  其實七兮  其の實七つ
  求我庶士  我を求むるの庶士
  迨其吉兮  其の吉に迨(およ)ぶべし

詩経国風:召南篇から「殷其雷」を読む。(壺齋散人注)

  殷其雷    殷たる其の雷
  在南山之陽 南山の陽(みなみ)に在り
  何斯違斯  何ぞ斯れ斯(ここ)を違(さ)って
  莫敢或遑  敢(あ)へて遑(いとま)或ること莫きや
  振振君子  振振たる君子
  歸哉歸哉  歸らん哉 歸らん哉

詩経国風:召南篇から「草蟲」を読む。(壺齋散人注)

  喓喓草蟲  喓喓たる草蟲
  趯趯阜螽  趯趯(てきてき)たる阜螽(ふしゅう)
  未見君子  未だ君子を見ず
  憂心忡忡  憂心 忡忡たり
  亦既見止  亦既に見
  亦既覯止  亦既に覯(あ)はば
  我心則降  我が心則ち降(よろこ)ばん

召南とは、周南の項で記したとおり、周の領土の南部のうち、召公が分け持った土地を指す。今そこがどのあたりにあたるのかについては、諸説ある。黄河の南であろうとすることから、楚の地に当たるところではないかとする説もあるが、真相はわからない。いづれにしても、周の領土の一部であるから、そこから生まれた歌謡群は、周南に収められたものと共通するところが多い。

詩経国風:周南篇から、「汝墳」を読む。(壺齋散人注)

  遵彼汝墳  彼の汝墳に遵(したが)ひ
  伐其條枚  其の條枚を伐る
  未見君子  未だ君子を見ず
  惄如調飢  惄(でき)として調飢の如し

詩経国風:周南篇から「漢廣」を読む。(壺齋散人注)

  南有喬木  南に喬木有り
  不可休息  休息す可からず
  漢有游女  漢に游女有り
  不可求思  求思す可からず

詩経国風:周南篇から「芣苡」を読む。(壺齋散人注)

  采采芣苡  芣苡を采り采り
  薄言采之  薄(いささ)か言(ここ)に之を采る
  采采芣苡  芣苡を采り采り
  薄言有之  薄か言に之を有(も)つ

詩経国風:周南篇から「桃夭」を読む。(壺齋散人注)

  桃之夭夭  桃の夭夭たる
  灼灼其華  灼灼たり其の華
  之子于歸  この子ここに歸(とつ)がば
  宜其室家  其の室家に宜しからん

詩経国風:周南篇から「樛木」を読む。(壺齋散人注)

  南有樛木  南に樛木(きゅうぼく)有り
  葛藟纍之  葛藟(かつるい)之に纍(かさ)なる
  樂只君子  樂しきかな君子
  福履綏之  福履之に綏んず

詩経国風:周南篇から「卷耳」を読む。(壺齋散人注)

  采采卷耳   卷耳を采り采る
  不盈頃筐   頃筐に盈たず
  嗟我懷人   嗟(ああ)我 人を懷ひて
  寘彼周行   彼の周行に寘(お)く

詩経国風:周南篇から「葛覃」を読む。(壺齋散人注)

  葛之覃兮  葛の覃(の)びるや
  施于中谷  中谷に施(うつ)る
  維葉萋萋  維(こ)れ葉 萋萋たり
  黃鳥于飛  黃鳥于(ここ)に飛ぶ
  集于灌木  灌木に集(つど)ひ
  其鳴喈喈  其の鳴くこと喈喈たり

詩経国風に出てくる十五の国・地方のうち、最初に位置するのは周南である。周南は次に出てくる召南とともに、周の南の地域の歌謡を集めたものだとされる。周の始祖后稷から数代を経た時、周は故地を分かちて、周公と召公とにそれぞれ治めさせた。いづれも今の陝西省の地域に属する。周は後に華北全体を覆う大帝国となるが、そのなかでも陝西省にあった周と召とは、国家の中核をなすところだったのである。

詩経国風

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詩経は中国最古の詩篇を集めたものである。成立過程については諸説あって明らかでない。司馬遷は、孔子が当時伝えられていた三千もの詩篇の中から三百篇を選んで一本に編纂したのだといっている。確固たる根拠はないらしいが、孔子がこれを易や春秋と並んで重視したことは確かで、論語為政篇には次のような記述がある。

古詩十九首から其十九「明月何ぞ皎皎たる」を読む。

  明月何皎皎  明月 何ぞ皎皎たる
  照我羅床幃  我が羅の床幃を照らす
  憂愁不能寐  憂愁 寐ぬる能はず
  攬衣起徘徊  衣を攬りて起ちて徘徊す
  客行雖雲樂  客行 樂しと雲ふと雖も
  不如早旋歸  早く旋歸するに如かじ
  出戶獨彷徨  戶を出でて獨り彷徨し
  愁思當告誰  愁思 當に誰にか告ぐべき
  引領還入房  領を引いて還って房に入れば
  淚下沾裳衣  淚下りて裳衣を沾す

古詩十九首から其十八「客遠方より來る」を読む。

  客從遠方來  客 遠方より來り
  遺我一端綺  我に一端の綺を遺る
  相去萬餘裏  相去ること萬餘裏なるも
  故人心尚爾  故人の心尚ほ爾り
  文采雙鴛鴦  文采は雙鴛鴦
  裁為合歡被  裁ちて合歡の被と為す
  著以長相思  著するに長相思を以てし
  緣以結不解  緣とるに結不解を以てす
  以膠投漆中  膠を以て漆中に投ずれば
  誰能別離此  誰か能く此を別離せん

古詩十九首から其十七「孟冬寒氣至る」を読む。

  孟冬寒氣至  孟冬 寒氣至り
  北風何慘栗  北風 何ぞ慘栗たる
  愁多知夜長  愁ひ多くして夜の長きを知り
  仰觀眾星列  仰いで眾星の列なるを觀る
  三五明月滿  三五 明月滿ち
  四五蟾兔缺  四五 蟾兔缺く
  客從遠方來  客 遠方より來り
  遺我一書劄  我に一書劄を遺る
  上言長相思  上には長く相思ふと言ひ
  下言久離別  下には久しく離別すと言ふ
  置書懷袖中  書を懷袖の中に置き
  三歲字不滅  三歲なるも字滅せず
  一心抱區區  一心に區區を抱き
  懼君不識察  君の識察せざらんことを懼る

古詩十九首から其十六「凜凜として歲雲に暮る」を読む。

  凜凜歲雲暮  凜凜として歲雲に暮れ
  螻蛄夕鳴悲  螻蛄 夕べに鳴き悲しむ
  涼風率已厲  涼風 率かに已に厲しく
  遊子寒無衣  遊子 寒くして衣無し
  錦衾遺洛浦  錦衾 洛浦に遺りしも
  同袍與我違  同袍 我と違へり
  獨宿累長夜  獨り宿して長夜を累ね
  夢想見容輝  夢に想ふて容輝を見る
  良人惟古歡  良人 古歡を惟ひ
  枉駕惠前綏  駕を枉げて前綏を惠まる
  願得常巧笑  願はくは常に巧笑し
  攜手同車歸  手を攜へ車を同じうして歸ることを得んと
  既來不須臾  既に來りて須臾ならず
  又不處重闈  又重闈に處らず
  亮無晨風翼  亮に晨風の翼無し
  焉能淩風飛  焉んぞ能く風を淩いで飛ばん
  眄睞以適意  眄睞 以て意に適ひ
  引領遙相希  領を引いて遙かに相希ふ
  徙倚懷感傷  徙倚して感傷を懷き
  垂涕沾雙扉  涕を垂れて雙扉を沾す

古詩十九首から其十五「生年百に満たず」を読む。

  生年不滿百  生年 百に滿たざるに
  常懷千歲憂  常に千歲の憂ひを懷く
  晝短苦夜長  晝は短くして夜の長きに苦しむ
  何不秉燭遊  何ぞ燭を秉りて遊ばざる
  為樂當及時  樂しみを為すは當に時に及ぶべし
  何能待來茲  何ぞ能く來茲を待たん
  愚者愛惜費  愚者は費を愛惜し
  但為後世嗤  但 後世の嗤ひと為る
  仙人王子喬  仙人王子喬は
  難可與等期  與に期を等しうすべきこと難し

古詩十九首から其十四「去る者は日に以て疏し」を読む。

  去者日以疏  去る者は日びに以て疏く
  来者日已親  来る者は日びに已に親しむ
  出郭門直視  郭門を出でて直視すれば
  但見丘與墳  但 丘と墳とを見るのみ
  古墓犁為田  古墓は犁かれて田と為り
  松柏摧為薪  松柏は摧かれて薪と為る
  白楊多悲風  白楊 悲風多く
  蕭蕭愁殺人  蕭蕭として人を愁殺す
  思還故里閭  故の里閭に還らんことを思ひ
  欲歸道無因  歸らんと欲するも道に因る無し

古詩十九首から其十三「人生忽として寄するが如し」を読む。

  驅車上東門  車を上東門に驅り
  遙望郭北墓  遙かに郭北の墓を望む
  白楊何蕭蕭  白楊 何ぞ蕭蕭たる
  松柏夾廣路  松柏 廣路を夾む
  下有陳死人  下に陳死の人有り
  杳杳即長暮  杳杳として長暮に即く
  潛寐黃泉下  黃泉の下に潛み寐ねて
  千載永不寤  千載 永く寤めず
  浩浩陰陽移  浩浩として陰陽移り
  年命如朝露  年命 朝露の如し
  人生忽如寄  人生 忽として寄するが如く
  壽無金石固  壽には金石の固き無し
  萬歲更相送  萬歲 更も相送り
  賢聖莫能度  賢聖 能く度ゆる莫し
  服食求神仙  服食して神仙を求むれば
  多為藥所誤  多くは藥の誤る所と為る
  不如飲美酒  如かず 美酒を飲みて
  被服紈與素  紈と素とを被服せんには

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