英詩のリズム


ダンテ・ガブリエル・ロゼッティのソネット集「命の家」から「夢」HEART OF THE NIGHT(壺齋散人訳)

  子どもから青年へ 青年から男へ
  無気力から熱気ある心へ
  信仰の生活から夢見がちな日々へ
  信頼から疑念へ 疑念から放埓へと

ダンテ・ガブリエル・ロゼッティのソネット集「命の家」から「最後の贈り物」Love's Last Gift(壺齋散人訳)

  愛の天使が歌い手に光る葉を示していった
  バラは花を開いてミツバチを招き寄せ
  リンゴは見事な実を結ぶ
  黄金の茎が束ねられと羽のようだ

ダンテ・ガブリエル・ロゼッティのソネット集「命の家」から「彼女なしでは」Without Her(壺齋散人訳)

  彼女なしでは 鏡も何の役にたとう
  月の表面のような虚ろな水溜りと同じだ
  彼女なしでは ドレスも何の用をなそう
  月を横切る千切れ雲のように空虚なだけだ

ダンテ・ガブリエル・ロゼッティのソネット集「命の家」から「愛と死」Death in Love(壺齋散人訳)

  生命に仕えるもののひとつのイメージがある
  それは天使の翼をつけ手には旗を持ち
  その美しい翼には なんと
  魂を抜かれたお前の顔が描かれていた
  妙なる音が響いて 春が目覚め
  音はわたしの心の中まで染み入って来る
  まるで中身のない時間のように空虚に
  すると新しく生まれでたものがうめき声をあげた

ダンテ・ガブリエル・ロゼッティのソネット集「命の家」から「死を超えた愛」Through Death to Love(壺齋散人訳)

  月の周りに重苦しく垂れ込めた雲が
  荒涼たる丘を吹きぬける風から逃れ去るように
  満潮が渦巻く激流となって幾重にも重なり
  夜の闇に消えゆくように
  猛火と海の不気味さから滲み出た恐怖のように
  そのようなものとしてわたしらは死をイメージする
  わたしらの息で曇ったガラス窓の内側に浮かび上がる影
  あるいは永遠から切り取られた砂州のようなものとして

ダンテ・ガブリエル・ロゼッティのソネット集「命の家」から「愛の命」LIFE-IN-LOVE(壺齋散人訳)

  お前の命が息づいているのはお前の体の中ではない
  彼女の唇 手 そして目の中でだ
  それらを通じて彼女はお前の命をめざめさせ
  嘆きや死の苦しみでさえ癒してくれる
  彼女がいなくなってしまったと考えてみよ
  追想は不毛なものとなり 想像は悲しみを帯び
  彼女のいまはの息遣いだけが蘇る
  消え去った最後の時間の余韻だけが

ダンテ・ガブリエル・ロゼッティのソネット集「命の家」から「心の逃げ場所」 HEART'S HAVEN(壺齋散人訳)

  彼女も私の腕の中で子どもになるときがある
  けれど愛の翼に包まれながらも身を縮め
  涙を流しつつわずかにそむけたその顔が
  何故か不安そうな様子に見えるのだ

ダンテ・ガブリエル・ロゼッティの詩から「真昼の野辺」SILENT NOON(壺齋散人訳)

  君は手を広げ草の上に大の字になる
  指先でノバラの花を確かめながら
  君の瞳は穏やかに笑い 広々とした野原の上には
  大空がまばゆく広がっている
  ぼくらの周りには 見渡す限り
  キンポウゲが銀色の綿をはためかせ
  サンザシの垣根には野良ニンジンがまとわりつき
  砂時計のようにゆったりと流れる時間

ダンテ・ガブリエル・ロゼッティの詩から「初夜の眠り」NUPTIAL SLEEP(壺齋散人訳)

  ついに彼らは接吻をやめた 甘いうずきとともに
  嵐が過ぎ去った後に軒端から落ちる
  最後の一滴の水が残す余韻のように
  二人の胸には静かな鼓動がこだました
  二人はその胸を離しあい 束ねられたバラの
  花束がほころびるように 別々に横たわった
  それでも二人の唇はなお赤く燃えて
  互いに求め合っては再びの結合を求めるのだ

ダンテ・ガブリエル・ロゼッティの詩から「接吻」THE KISS(壺齋散人訳)

  死の床にくすぶり続ける感覚だろうか
  それとも悪意ある一撃だろうか
  私たちの肉体から自尊心を奪い
  私たちの魂から婚礼の衣装を引き剥がすのは
  ああ いまでも彼女の唇はわたしの唇に
  まとわりつき からみあっている
  オルフェウスがいまはのときに臨んで
  色あせた恋人の顔を追い求めたように

ダンテ・ガブリエル・ロゼッティ Dante Gabriel Rossetti はラファエル前派を代表する画家として知られる。古典絵画と異なり、遠近法を無視した様式的な画風は、近代絵画に大きな影響を与えた。

ウィルフレッド・オーウェン Wilfred Owen の詩「結末」The End(壺齋散人訳)

  東の空から落雷が直撃し
  暗雲がもうもうと垂れ込めて 部隊は壊滅した
  時が響きをたてて荒れ狂ったあとに
  退却線は吹き飛ばされた

ウィルフレッド・オーウェン Wilfred Owen の詩「不具」Disabled(壺齋散人訳)

  男は車椅子に座って夕暮れを待っていた
  灰色の不恰好なマントにくるまって震えながら
  男には足がなく 両腕は肘から先がなかった
  公園の向こうから子どもたちの声が響き渡ってくる
  一日を遊び終えて満足した声だ
  このまま家に帰ってすこやかに寝るのだろう

ウィルフレッド・オーウェンの詩「意識」Conscious(壺齋散人訳)

  やつの指は目覚めていて ベッドの上で動いている
  目もなんとか見開いてはいる
  頭のそばのメイフラワーを見ようとして
  ブラインドの紐が窓のさんに垂れ下がり
  床がきれいだ 敷物も清潔だ
  誰かがしゃべりながら遠ざかっていく
  笑ってるのは誰だ? 水差しの中には何が入ってるんだ?
  "看護婦さん! 先生!" "ああ ああ 大丈夫"

ウィルフレッド・オーウェンの詩「スマイル スマイル スマイル」Smile, Smile, Smile(壺齋散人訳)

  怪我した頭を抱え うつろな目の傷病兵が新聞に目を通すと
  小さな文字で犠牲者の数
  大きな文字で戦果の数々
  彼らはまた住宅の広告にも目をやる
  こんな記事がのってたんだ

ウィルフレッド・オーウェンの詩「無益なこと」Futility(壺齋散人訳)

  そいつを日の光にあててやれ
  ひとたびはその光で目覚めた男だ
  日の光はいつも 大地にそそぎながら
  フランスにいてさえ その男を目覚めさせたんだ
  雪に包まれたこの日の朝
  いまこいつを目覚めさせるものがあるとしたら
  日の光がもっとも相応しい

ウィルフレッド・オーウェンの詩「チャンス」The Chances(壺齋散人訳)

  あれはたしか前の晩のことだった ぼくらは五つの可能性について
  話していたのだった こんなことを知らされて
  "明朝早々 おれたちは任務に就く
  第一陣の突撃隊だ 万事休すだ"
  "ああ"とジムがいった、どこか落ち着かぬ様子で
  "おれたちには五つのこと以外には起こらない
  潰されるか、大怪我をするか、良かれ悪しかれ
  すざすたにされるか 消されるか 運良く生き延びるかどれかだ"

ウィルフレッド・オーウェン Wilfred Owen の詩「デッドビート」The Dead-Beat(壺齋散人訳)

  男は疲れきったというより不機嫌そうに倒れた
  そしてタラか肉の塊のように横たわった
  だれも気にかけるものはない
  男はぼくの拳銃をぼんやり見つめ
  戦争のことなど忘れてしまったように見えた
  でも吹き飛ばされた塹壕のほうをちらっと見やり
  こうつぶやいた "ちくしょう
  この手さえ元通りになればやつらを殺してやる"

ウィルフレッド・オーウェン Wilfred Owen の詩「歩哨」The Sentry(壺齋散人訳)

  ボッヘの防空壕にたどり着いた我々を待っていたのは地獄だった 
  爆弾が次々と降り注いできては頭上で炸裂した
  だがまだ壕の中までは貫通しなかった
  雨が泥の滝となって流れ込み
  我々を腰までうずめ ますます嵩を増やしていく
  出口には泥が積み重なって出入りができないほどだ
  暗闇の中に悪臭が垂れ込め
  毒気ある辛酸が充満する
  以前ここに逃れていたやつらの匂いだ
  やつらは死体こそ残していかなかったが
  呪いだけは残していったのだ

ウィルフレッド・オーウェンの詩「派遣部隊」The Send-off(壺齋散人訳)

  暮れかかった狭い線路を歌いながら歩き
  停車場に着いた彼らは
  陰鬱な表情をしながら列車に乗り込んだ

  彼らの胸元は花束とスプレーのしぶきで真っ白だ
  まるで死人ででもあるかのように

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