シェイクスピア


シェイクスピアの祝祭的な喜劇はどれも、仮想のユートピアを舞台に展開される。そこは牧歌的な雰囲気に満ちていて、住んでいる人々もまた、この世とは別次元の存在であるかのような印象を与える。彼らは現実性に乏しく、ほとんど性格らしい性格をもっていない、関心事は愛の成就であって、自分が愛されること、しかも自分が愛している当の人によって愛されることのみを願っている。

「十二夜」の副題 What you will は、「お気に召すまま」 As you Like it を連想させる。実際この両者は、題名だけでなく中身もよく似ているのだが、もっとも重要な共通点は、変装の劇、それも少女が少年に扮する劇だという点だ。

「ハムレット」に出てくる四人の若者のうち、フォーティンブラスはわかりにくい人物だ。第一、彼は劇の中では二回しか出てこない。一回目は第四幕で、勝ち目のない戦を戦うためにデンマークを通り過ぎるシーン、そして二回目は劇の終幕においてだ。彼こそは劇を占めくくる言葉を吐く役柄なのだ。その言葉とは「死体を片付けろ、これからは俺が王だ」というものだ。

ハムレットという劇はとかく、ハムレットという一人の青年に注意が集中する。この劇が父親を殺された青年の復讐劇であるという基本的な性格をもっていることからすれば、ある意味で当然のことだ。青年は父親の死の謎をめぐって悩み、その真相を知った後は、復讐という行為に向かって突き進むべきか、あるいは尻込みすべきなのか、つねに堂々巡りの自問を繰り返す。その自問の中には、世界に対する懐疑や、自分の弱さに対する自嘲などが含まれている。

ハムレットの最終幕は二人の道化たちの登場で始まる。道化たちは墓掘り人夫であり、彼らが掘っているのは自殺したと思われているオフェリアの墓である。通常、教会の掟では自殺した人間は丁寧な埋葬を期待できない、だがオフェリアには、墓を掘って、そこに埋葬してもよいというお墨付きがでている、彼女の身分が高いからだ。

ハムレットの四大独白の最後は第4幕第4場で発せられる。ハムレットは彼を疑う国王によってイギリス行きを命じられる。イギリス王にはハムレットを殺害するようにとの密書が届けられる。国王はこの際ハムレットを体よく殺してしまおうと決心しているわけである。

王妃のガートルードがクローディアスによる先王の殺害についてどれほどのことを知っていたか、それは劇の表面からはわからない。王妃自らそのことについては一言もいわないからだ。だが観客はハムレットとともに、王妃が何かを知っているのではないかと、思わずにはすまないようなところもある。

ハムレットを政治劇として捕らえなおしたのはヤン・コットだ。彼によれば、舞台であるエルシノアは恐怖に蝕まれている。みなが疑心暗鬼なのだ。王はハムレットによる復讐を恐れて、たえずハムレットを監視している。監視されているハムレットは愛するオフェリアに真実の言葉をかけられないでいる。だからほかの人間の耳を意識して、オフェリアに残酷な言葉を浴びせかける。

シェイクスピアの造形した女性の中で、オフェリアは独自の位置を占めている。彼女はポーシャやベアトリスなど喜劇に出てくる女性たちのようには逞しくないし、あまり利口でもなさそうだ。だが歴史劇の女性たちのように、自分のこうむった不幸な運命を嘆いているだけでもない。

ハムレットの四大独白の中で最も有名なのは第三幕第一場でなされるものだ。To be, or not to be で始まるこの独白は、この世の矛盾と向き合いながら、そこに縺れ合っている糸を解きほぐすことができずに、堂々巡りをする、ハムレットという青年の矛盾に満ちた性格を際立たせていると考えられてきた。

ハムレットはよく独白する。四大独白と呼ばれる長い独白のほかにも、節々で独白する。独白するのはハムレットだけではない。国王のクローデイアスもところどころで独白する。ハムレットもクローディアスも自分自身に向かって語りかけている。

重大な使命を抱えたものが、その意図を周囲に気取られないように、道化や風狂を装うことはよくある。ハムレットの場合にも、父親への復讐を決意した瞬間に、今後道化を演じ続けるのだと、ホレーショに語る。そうすることによって、陰謀が渦巻く政治的な世界にあって、周囲のものを油断させることで、自分の隠れた意図を隠すことができ、強いては適切な行為につなげることができる。

迷えるハムレットに隠された真実を開示し、行動に駆り立てるのは父親の亡霊だ。亡霊は自分が弟によって殺され、王位を奪われた無念を語り、息子のハムレットに復讐するように求める。キーワードは亡霊が発する Remember me という怨念の言葉だ。それに対してハムレットは Remember thee と答える。

ヤン・コットがいうように、ハムレットという劇はたしかに政治的な色彩が強い。エルシノアという王宮を舞台にして、登場人物たちが互いに監視しあい、自分の身の保全に汲々となっている。新たに王となったクローディアスは、自分の王としての正当性を臣下たちに認めさせることに熱心であり、ハムレットは父親である先王を殺した叔父のクローディアスに復讐しようとしてその機会を狙っている。

「ハムレット」という劇がその本性上さまざまな解釈を許容するものであり、その大きな理由のひとつがこの劇の異常な長さにあることを指摘したのは、ポーランドのシェイクスピア研究家ヤン・コットである。

シェイクスピアは16世紀から17世紀への変わり目の時期に創作活動の絶頂期を迎えた。「ハムレット」を書いたのは1600年から翌年にかけてのことと想定されているし、四大悲劇といわれる一連の作品群、そして喜劇の最高傑作とされる「十二夜」が相次いで生み出された。

シェイクスピア劇に出てくる女性の類型には、大きく分けて二つある。ひとつはリチャード三世を初めとした歴史劇に出てくる女たちで、彼女たちは男たちの血なまぐさい権力闘争の真の犠牲者として描かれている。彼女らの役割は、劇の中で殺された自分の夫や子どもや親の不幸な運命を嘆き悲しむことだ。

アントニー(マルクス・アントニウス)がローマの歴史上果たした役割については、誰もが知っている。シェイクスピアもこの劇の中で、アントニーに歴史上知れ渡ったとおりの役割を果たさせている。ブルータスらの反逆者たちを打倒し、ローマを帝政に向かって邁進させるという役割だ。

ブルータスの歴史上の評価は決して高いものではなかった、むしろ低いといったほうがよい。それは彼の所業が民主制の擁護というより、英雄を殺した裏切り者として見られることが多かったからだ。ダンテはその最たるもので、神曲の中では、ブルータスをキャシアスとともに地獄に落としている。

「ジュリアス・シーザー」という劇の中でシーザーが登場する場面は三つしかない。ひとつは凱旋して栄光の絶頂にあるシーザー、二つ目は占い師の不吉な言葉に迷うシーザー、そして最後はブルータスらによって倒されるシーザーだ。

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