水彩画を楽しむ


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セーヌ川には観光用の遊覧船がひっきりなしに行きかっている。その船の上から仰ぎ見るパリの景色は美しい。それぞれに個性のある橋がつぎつぎと視界を横切り、それを前景にしてクラシックな建物が連なる。川辺には散策用の小道が通され、人々が思い思いにその上を歩く。なんとも優雅な眺めだ。

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パリの街を歩いていて一番楽しいことのひとつは、路上に並んだテーブルに腰掛けて一息つくことだ。日本ではこんな光景はまず見られないが、パリではどこでも見ることができる。道路はただ単に交通の手段のみならず、人々の社交やくつろぎの場所でもあるのだ。

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パリには凱旋門が二つある。ひとつはエトワール広場に、もうひとつはルーブル宮殿の西外れのカルーゼル広場に建っている。両者はシャンゼリゼー通りとチュイルリー庭園を挟んで向かい合っている。

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モンマルトルの丘の北側の斜面の一角に、絵にあるようなしゃれた建物が建っている。キャバレー・オー・ラパン・アジール(Au Lapin Agile)といって、シャンソン喫茶のようなものだ。

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セーヌ川左岸、パリ6区はサンジェルマン・ジェルマン・デ・プレを中心にして、下町らしい雰囲気の街が広がっている。その一角をビュシー通りという狭い路地が貫いている。この路地に面したアパルトマンの一室には、かつてあの天才少年詩人ランボーが寄寓していたということだ。

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明治村には明治時代に建てられた洋館などが移築保存され、広く一般に公開されている。現在は67件の建築物等がある。広い敷地を四つのブロックに区切り、相互にゆとりを持って陳列している。みなそれぞれに興味を引く建物ばかりだが、筆者が一番絵になると思ったのが、この帝国ホテルだ。

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郡上八幡は天守閣と盆踊りで有名だが、うだつのある街としても知られている。「うだつがあがる、あがらぬ」のあのうだつである。二階の両側に不燃性の壁をせり出し、火災の類焼を防ぐという工夫である。

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横浜三渓園は、本牧の海にせり出した高台の上にある。17万5000平方メートルに及ぶ広大な日本庭園である。園内には京都や鎌倉など日本各地の古建築が移築されており、四季折々の花と共に、これらの建築物を鑑賞しながら、広い園内を散策できる。

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「人形町に接する日本橋浜町は、今では明治座のある町として知られる。甘酒横丁を東の方角に歩いてゆくと突き当りが浜町公園で、その傍らに明治座が立っている。昔は海鼠壁の風情ある建物だった由だが、いまでは特徴のないビルに変ってしまった。初代市川左団次が久松町にあった芝居小屋を買い取る形でつくったもので、歌舞伎界の門閥に縁のなかった左団次はこの小屋をもったおかげで、斯界に旦那と呼ばれるようになった。二代目は歌舞伎の改良に熱心だったことで知られる。小山内薫や谷崎潤一郎らとも親交があり、谷崎の日記によく出てくる。永井荷風の日記にも松莚子とか高橋君とか呼ばれて頻出する。

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東京都庁が有楽町から新宿に移転したのは平成3年、その跡地を利用して国際コンヴェンション・ホールが建てられた。名称は東京国際フォーラム、竣工したのは平成9年のことだった。

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日本工業倶楽部の建物は、大正9年(1920)年に竣工して以来、東京駅丸の内口一体のランドマークのひとつだったが、2003年、老朽化のために立替された。その際超高層ビルの下部に、古い外観を保存・再現した。

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学習院が目白に移転してきたのは明治41年(1908)、乃木稀典が10代目の学長を務めていた頃だ。だからキャンパスのレイアウトや学校の運営指針には乃木の意向が強く反映しているという。

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神田須田町界隈は先の大戦で戦災を免れたこともあって、古い建物がいくつか残っていて、東京都の建築遺産に指定されているものもある。あんこう鍋を食わせる店として知られている伊勢源の建物もそのうちの一つだ。筆者はこの建物を数年前にスケッチしたことがあったが、改めて水彩で描きなおしてみた。

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数年前に描いた言問橋の水彩画を描きなおしてみた。その頃は上流から眺めると、本所方面には高い建物が少なく、せいぜい墨田区役所くらいしかポイントとなるものがなかったので、橋を絵にするのは難しい作業と云えた。いまもそれは基本的には変わらないが、工夫次第でちょっとした構図をでっち上げることができるようになった。

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連休中の閑暇を利用して自画像を描いてみた。鏡の中の自分の姿を描くのはちょうど10年ぶりだ。

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連休中はこれといった予定もなかったので、5月3日は東京を描く市民の会のスケッチ大会に参加して、東京駅に出かけてみた。改築工事が始まってもう大分経つはずなので、もしかしたら屋根位は出来上がっているかもしれないと期待したのだったが、あいにくまだ殆ど全体がシートに包まれて、外からは見えない状態だった。

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自由学園は、羽仁吉一・元夫妻が女子教育の拠点として大正10年(1921)に創設した。明日館はその校舎として建設されたもので、フランク・ロイド・ライトの設計になる。ライトは当時、帝国ホテル設計のために来日していたが、その日本側の助手で羽仁夫妻と親しかった建築家遠藤新が、ライトを夫妻に紹介したという。

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この前の日曜日(4月24日)、久しぶりに東京を描く市民の会のスケッチ大会に参加して、目白界隈の歴史的建築物を見て歩いた。

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数年前に描いた月島の風景画「月島の古家」を描きなおしてみた。以下は、最初の絵に添えて書いた文章である。

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「駿河台の台地にニコライ堂が建ったのは明治24年のこと、洋館そのものが珍しかった当時にあって、天に聳えるが如きドームをいただくこの教会建築は多くの日本人の度肝を抜いたに違いない。日本の建築史に名を残したコンドルの設計になるもので、その形の美しさから、画家たちも好んで描いてきた。実像以上に風格を備えた建物だといえる。

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