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    <title>壺 齋 閑 話</title>
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    <updated>2012-05-18T10:16:57Z</updated>
    <subtitle>日本語と日本文化を語る、　また読書の余韻から思想の芽を育てる</subtitle>
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    <title>イスラム市民への無差別攻撃は容認される：米統合軍参謀大学</title>
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    <published>2012-05-18T10:12:09Z</published>
    <updated>2012-05-18T10:16:57Z</updated>

    <summary>「イスラム市民への無差別攻撃　可能」と題する「朝日」5月18日付朝刊一面の記事を読んで暗澹たる気持ちにさせられた。米軍幹部の教育機関で、イスラム教の聖地やイスラ...</summary>
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        <![CDATA[<p>「イスラム市民への無差別攻撃　可能」と題する「朝日」5月18日付朝刊一面の記事を読んで暗澹たる気持ちにさせられた。米軍幹部の教育機関で、イスラム教の聖地やイスラム教徒の一般市民に対して、広島や長崎への原爆投下や東京大空襲のような無差別攻撃が容認される、という内容の授業が行われていたというのだ。</p>]]>
        <![CDATA[<p>問題の授業は、米統合軍参謀大学で、現職士官らが軍の中堅幹部を対象に行っていた講座で、2004年以来続いてきたという。2010年に行われたある講座で使われた資料には、イスラム教徒14億人のうち少なくとも1割が過激派で、穏健派も暴力を支持していると指摘、そうした人々との間では、共通の基盤を探ることはできず、全面的な戦争が求められるとしたうえで、イスラム教徒との戦争では、市民を戦闘対象から除外したジュネーブ条約を順守する必要はなく、「市民に対する戦争も選択肢になる」と指摘していた。</p>

<p>この講座の存在が問題になったのは、今春これを聞いた受講生が告発したことが発端だった。パネッタ国防長官は早速遺憾の意を表明し、調査を約束したが、問題の根は意外と深いようだ。</p>

<p>こうした授業が開始された時期や、どれくらいの人々がそれを聞いたかなど、詳細はまだわからないが、受講生の一人が今年の春に告発するまで、誰も問題にしなかったことは、相当深刻な事態だととらえてよい。</p>

<p>日本人としては、広島や長崎への原爆投下、東京大空襲をはじめとした一般人の無差別虐殺について、米軍当局がなんらの反省もしないばかりか、一部の人とはいえ、同じようなことをイスラム教徒に対して行っても容認されると考えている人がいることに、逆毛がたつような不気味さを感じる。</p>]]>
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    <title>錦渓の運河：水彩で描く江南風景</title>
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    <published>2012-05-18T09:05:42Z</published>
    <updated>2012-05-18T09:06:51Z</updated>

    <summary> 錦渓の古鎮ができたのは南宋時代のこと。ウィキペディアの解説によれば、「1162年（紹興32年）、南宋孝宗の愛妃陳妃がこの地で病死し、妃が愛した五保湖で水葬され...</summary>
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        <category term="94)水彩画を楽しむ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="konan02.jingxi.jpg" src="http://blog.hix05.com/blog/Photo2012a/konan02.jingxi.jpg" width="550" height="406" class="mt-image-none" style="" /></span></p>

<p>錦渓の古鎮ができたのは南宋時代のこと。ウィキペディアの解説によれば、「1162年（紹興32年）、南宋孝宗の愛妃陳妃がこの地で病死し、妃が愛した五保湖で水葬され、湖に陳妃水家が造られたことに因んで「陳墓」と呼ばれていた。また、菩提のため孝宗は蓮池禅院を建立した。以来800年間陳墓と呼ばれたが、1993年美しい水郷を保存しようと旧名に復した」</p>]]>
        <![CDATA[<p>この解説にあるとおり、錦渓は五保湖と蓮池禅院をふたつの中心として、その周りに運河が張り巡らされている。運河の両脇には、中国伝統様式にのっとった建物が並んでいる。庇の下に並べられた、赤い提灯のような飾り物がチャームポイントだ。</p>

<p>観光客は船で運河を行き来することができる。筆者はその船に乗ることはなかったが、岸から眺めているだけでも楽しい。まさに絵になる光景だ。</p>

<p><br />
</p>]]>
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    <title>金子勝「新・反グローバリズム」</title>
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    <published>2012-05-17T10:20:38Z</published>
    <updated>2012-05-17T10:21:54Z</updated>

    <summary>金子勝氏は1990年代以降の世界経済を牽引してきたグローバリゼーションの動きに、一貫して批判的な態度を取ってきた人だ。1999年に現した著作「反グローバリズム」...</summary>
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        <category term="84)経済学と世界経済" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.hix05.com/blog/">
        <![CDATA[<p>金子勝氏は1990年代以降の世界経済を牽引してきたグローバリゼーションの動きに、一貫して批判的な態度を取ってきた人だ。1999年に現した著作「反グローバリズム」は、そんな氏の考え方をまとめた本だったというが、それから10年経過した後、2008年のリーマンショックに始まる世界金融恐慌を踏まえて、グローバリゼーションの破綻が必然的なものだったことを論証したのが、「新・反グローバリズム」だ。グローバリズムとはグローバライゼーションを錦の御旗に掲げるアメリカの新自由主義たちの方向性を、金子氏流儀に表現した言葉だろう。</p>]]>
        <![CDATA[<p>ではグローバリズムとはなにか。それを金子氏はアメリカン・スタンダードを世界中に押し付けるための相言葉であって、アメリカの覇権を象徴する言葉だという。アメリカこそが、世界標準と言うわけだ。その世界標準を受け入れれば、世界経済の仕組みはフラットになり、誰もがハッピーになれる、そんな欺瞞的な思惑が隠された言葉だと氏は手厳しく批判する。</p>

<p>アメリカが、グローバリゼーションを言い出したのは、1990年代の冷戦の崩壊が大きなきっかけになっていると氏は言う。それまで長い間、世界経済は資本主義的自由経済と社会主義的計画経済に別れて対立してきたが、社会主義計画経済が崩壊して、経済モデルは資本主義以外にありえなくなった。こうした新しい状況を前にして、アメリカ型の資本主義モデルこそが資本主義経済の唯一の正道なのだ、ということを世界中に納得させようとして、グローバリゼーションと言う言葉をアメリカが使った。グローバリゼーションと云えば聞こえはいいが、内実はアメリカ資本主義の利益を露骨に追及する経済モデルに過ぎない、そう氏は断罪する。</p>

<p>「グローバリゼーションの本質は、市場が世界規模にわたってボーダーレス化するといった表面的現象にあるのではない。冷戦終了後も冷戦型のイデオロギーの残像に寄りかかりながら、なおもアメリカは強引に覇権国であり続けようとする無理が、今日のグローバリゼーションをもたらしているのである。それは、一方の極（中央計画型社会主義）の消失とともに、もう一方の極（市場原理主義）の暴走となって現れる。」</p>

<p>つまり氏は、グローバリゼーションを歴史的なパースペクティブの中で、相対的な視点でとらえているわけである。新自由主義者たちがかつて言っていたように、何もグローバリゼーションだけが唯一の絶対的な道であったわけではない。ましてそのグローバリゼーションの内実がアメリカの利益を美名の下に隠すことであったことを想えば、なにをかいわんや、である。</p>

<p>「アメリカは、冷戦なきヘゲモニーを維持するために、グローバルスタンダードという名の下に着々と自国のシステムを世界中に押し付けようとしてきた。そして日本政府は、これに盲目的に追随しようとしてきた」というわけである。</p>

<p>グローバリズムがめざす究極の目的は金融の自由化であり、その背景には市場原理主義と称されるような、野放図な自由主義モデルがある。</p>

<p>金融の自由化とは、一方では金融機関への規制を外して、金融機関がギャンブルできるような環境を整えてやること、他方では国際的な会計基準を世界中の金融機関に適用させ、投資家にとって金儲けしやすいような条件を整えることを意味する。日本も一時期は、こうした自由化圧力にさらされた。その結果、　日本の金融機関は融資に消極的になり、いつまでも景気の足を引っ張り続けている、と氏は論断している。歴史的に異なる経済構造を持った国に、グローバルスタンダードを無理やり適用させるのは「あたかも血液型の違う臓器を移植するようなものである」と氏は批判している。</p>

<p>このグローバリズムの行きついた先が、リーマンショックにはじまる世界金融危機であったとすれば、我々は今こそ徹底的に、グローバリズムの問題点を検証し、適切な処方をしなければならない、と氏は言う。</p>

<p>グローバリズムの問題点の最たるものは何か。それを氏は、市場原理主義的な発想で世界経済を引っ張っていこうとする姿勢だと考えているようである。市場原理主義とは、政府による規制を廃止して、企業に無制限な行動の自由を与えようとする考え方だ、この考え方には、政府よりも市場の方が合理的な行動をとるものだとする、不合理な前提が含まれている。</p>

<p>しかし市場がそもそも合理的でないばかりか、脱線してとんでもないことを引き起こすことは、今回の経済危機が良く示している。市場は放置しておけば、必ず失敗するものだ、と考える方が理由があるというわけだ。</p>

<p>そこで、この市場原理主義にかわる政策軸をどこに求めるか、ということが問題になる。最近は市場の失敗を批判する立場から、ケインズの復権がささやかれるようにもなったが、金子氏はケインズをあまり重要視していない。というより、いわゆるケインズ型経済政策には批判的である。</p>

<p>ケインズの経済政策の柱は、積極的な財政出動と金融政策だが、そのうちとくにケインズ型金融政策は効果を失ってきた、と氏は見ているようだ。ケインズ型金融政策とは、利子率の操作と流動性供給とからなるが、そのいずれも今は機能していない、と氏はいう。デフレの傾向が利子率の操作を無力化しているし（ゼロ金利はあってもマイナス金利はないという意味で）、中央銀行による流動性供給も、流動性の拡大に結び付いていかない現実があるからだ、というのだ。</p>

<p>金子氏の議論が経済学的にユニークだと思われるのはここまでで、これから先は、政策提言としての日本立て直し論の世界に入っていく。</p>]]>
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    <title>物語の仕掛けと語り口：１Ｑ８４</title>
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    <published>2012-05-17T09:10:31Z</published>
    <updated>2012-05-17T09:11:42Z</updated>

    <summary>１Ｑ８４は、村上春樹という物語作家がたどりついた、物語のひとつの到達点といってもよいだろう。物語が語るそもそもの中身、物語を語り進める仕掛け、そして物語を語るそ...</summary>
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        <category term="44)日本文学覚書" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p>１Ｑ８４は、村上春樹という物語作家がたどりついた、物語のひとつの到達点といってもよいだろう。物語が語るそもそもの中身、物語を語り進める仕掛け、そして物語を語るその語り口、色々な面でこれまでの村上の物語のあり方を集大成している。</p>]]>
        <![CDATA[<p>まず、中身。これは主人公の男女が一度は失った愛を取り戻す物語だという点で、オデッセウス物語以来の壮大な探究物語の延長線上にある。いわば物語の王道の上に立った物語なわけだ。</p>

<p>しかも主人公たちはこの探求の旅を、彼らが生きているこの現実の世界においてではなく、次元の異なった世界、つまりあちら側の世界で体験する。１Ｑ８４とは１９８４年の世界の裏側にある、別な次元の世界を意味しているわけだ。主人公たちは意識するともなく、いつの間にかこの別の世界に紛れ込んでしまう。紛れ込んだとたんに、彼等は自分たちが互いに求め会っていたことに気づくのだ。</p>

<p>こうして、彼らの探求の旅が始まる。その旅は、おとぎ話の中で、小さな主人公たちがこの世からあの世へとワープし、様々な試練に遭遇する、あの冒険の物語に似ている。しかもおとぎ話では、主人公たちがこの世とあの世を結ぶ扉を通じてこちら側の世界に舞い戻ってくるように、１Ｑ８４においても、結ばれた男女が手を携えてこちら側の世界に生還してくる。つまり大人のファンタジーになっているわけだ。</p>

<p>あちら側の世界を扱った村上の作品としては、「ねじまき鳥クロニクル」がもっとも大規模なものだった。ねじまき鳥クロニクルの主人公は、失踪した妻の行方を探すうちに、井戸の底から別の世界へとワープする。そして、こちら側の世界とあちら側の世界とを行ったり来たりする。彼のあちら側への旅は、断片的で繰り返しのきくものだった。</p>

<p>ところが１Ｑ８４の主人公たちは、全面的にあちら側の世界に行ってしまう。いったん行ってしまった彼らは、そう簡単にはそこから抜け出せない。それは命がけの苦しい試練をへた上でないとできない。彼らのワープは、生涯で一度だけの命を懸けた体験なのだ。</p>

<p>こうしてみれば、この物語は大人を対象にしたおとぎ話といえるかもしれない。語りかける相手が大人であるから、子供じみたファンタジーではなく、愛の獲得がテーマになる。しかも失われた愛を獲得することだ。その愛が、こちら側の現実の世界では得られずに、あちら側の世界においてのみ獲得されうるということが、この物語の大人のファンタジーとしての眼目だ。</p>

<p>二つ目は、物語を語り進める仕掛け。物語の構成と言い換えてもよい。ここでも村上は、それぞれに異なった進行をする複数の物語を交差させる手法を採用している。「この世の終わりとハードボイルドワンダーランド」、「海辺のカフカ」で採用されていたプロット構成と同じようなやり方だ。</p>

<p>この方法の利点は、複数の視点の縺れ合いを通じて、物語に複眼的な奥行きを持たせられることだ。奥行きが出ると同時に、視野も広くなる。しかも複数のテーマが交差することで、重層的な深みも出てくる。一種のポリフォニーといってもよい。</p>

<p>ポリフォニーの概念は、ミハイル・バフチーンがドストエフスキーの小説手法に即して持ち出した分析装置で、複数の登場人物がそれぞれ自分の内的世界を饒舌に表出し、それらが縺れ合うことによって、あたかも一大交響曲を聞いているかのような感じになる、そういう効果を意味したものだ。ドストエフスキーの小説世界の人物たちはみな大声を上げてしゃべっている。それはある意味で豊穣な音の世界でもある。だからポリフォニーという言葉も場違いではない。</p>

<p>村上の場合には、音の交差ではなく、あくまでも視点の交差だ。青豆に注がれる視点、天吾に注がれる視点、これらはあくまでも別の視点だ。それでもなお、別々にではなく、響きあうように交差している。その後、第三の視点として牛河を巡る視点が加わり、またサブ視点として、ふかえりやカルト教団のリーダーが加わってくる。それらの視点はどれも強烈な自己主張をしているかにみえて、やはり互いに響きあっている。その響きあいが、ポリフォニーに似たような効果を生み出すのだ。それをポリサイトと呼んでいいかもしれない。</p>

<p>三つ目は、物語の語り口。物語とは基本的には語られるものであるから、語り口が重要な意味を帯びる。書かれたものにとって文体が問題になるのと同じレベルのことがらだ。読者は物語を、物語作者の語り口を通して受容する。感動的な語り口は感動を呼び起こし、静かな語り口は平安な感情をもたらすだろう。</p>

<p>１Ｑ８４での村上の語り口は、これまでの作品世界でとは違って、物語というものの、ずっと本物らしい語り口になっている。つまり語るものとしての作者が、語られるものとしての物語を、聞くものとしての読者に向かって、語りかけているわけだ。それは語りかけであるから、親密さを伴っているとともに、あくまで客観的であろうとする。</p>

<p>実は村上の、少なくとも大作といわれる作品の中で、一貫して三人称を用いて物語が進行していくのは、この作品が初めてなのだ。「ハードボイルドワンダーランド」では裏表とも、発話者は一人称で語り続けていた。「海辺のカフカ」では、カフカ少年のパーツでは少年自身が一人称で語っている。</p>

<p>一人称で物語を語りかけることもできないわけではない。だがそれは例外的な場合だろう。物語と云うものは、出来事を第三者的に、つまり三人称を用いて語るのが王道というべきだ。一人称で語る話は、物語と云うよりは、体験談というのがふさわしい。</p>

<p>それ故、村上はこの作品で三人称を意識して採用することで、自分の物語をいっそう物語らしく見せかけようと計らったのだといえる。</p>

<p>しかし、村上の語り口には、時として緩みが見えることがある。とくにブック３において、それが著しい。そうした場所は、やや説明に堕していると受け取られる部分だ。物語は語りかけるものであって、説明するものではないのだから、やはり説明的な語り方は物語を退屈な方向へと運んでしまう。</p>

<p>以上とりとめもなく、心に浮かんだことを無造作に書き連ねてきた。筆者も村上同様書きながら考えるというタイプなので、体系的な議論はあまり得意ではない。</p>

<p><br />
関連サイト：<a href="http://murakami-haruki.hix05.com/">村上春樹を読む</a></p>]]>
    </content>
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    <title>ギリシャはどこへ行くのか：連立協議不調と再選挙</title>
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    <published>2012-05-16T11:20:00Z</published>
    <updated>2012-05-16T11:21:19Z</updated>

    <summary> 先日の総選挙結果を踏まえて、ギリシャでは上位三党を軸とした連立協議がうまくいかず、パプリアス大統領が調整に乗りだしたが、それも失敗、結局6月半ばに再選挙という...</summary>
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        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="120520.greece2.jpg" src="http://blog.hix05.com/blog/Photo2012a/120520.greece2.jpg" width="511" height="340" class="mt-image-none" style="" /></span></p>

<p>先日の総選挙結果を踏まえて、ギリシャでは上位三党を軸とした連立協議がうまくいかず、パプリアス大統領が調整に乗りだしたが、それも失敗、結局6月半ばに再選挙ということになった。再選挙になれば、緊縮財政に反対して今回第二党に躍進した急進左派連合が更に票を伸ばすことが予想され、ギリシャのユーロ離脱が一層現実味を増すこととなる。</p>]]>
        <![CDATA[<p>パプリアス大統領が切り札として出したのが、実務者による内閣だ。ギリシャは今現在も政治家を除外した実務者内閣が国を仕切っているので、要するに現状維持を提案したわけだ。だが、それでは政治家が何のためにあるのかわからない、折角の総選挙も無意味になる、と各党が反発、あくまでも政治家主導の内閣作りにこだわったということらしい。</p>

<p>確かに、今の首相はギリシャ中央銀行総裁だったルカス・パパデモス氏、彼のもとに官僚や実務家たちによる内閣が形成されている。日本で言えば、自民党や民主党による政治が破たんした結果、白川日銀総裁が担ぎ出され、彼のもとで学者や実務家による内閣が構成されるようなものだ。これでは日本の政党関係者も納得できまい。</p>

<p>ギリシャの政治がこんなにグシャグシャになってしまった原因は、言うまでもなく財政破たんと、それによる信用不安だ。パパンドレウの時期にこの問題をクリアできなかったために、ギリシャは事実上、EU、IMF、ECBの所謂トロイカによって監視されるようになってしまった。ギリシャは、自前で国債が発行できなくなってしまったので、これらの機関に借金しながらなんとかかんとかやっているというのが今の実態だ。</p>

<p>トロイカは金を貸してやる代わりに、きつい条件を課してくる。つまり一層の支出削減と増税だ。これが国民生活を更に厳しいものにする。今やギリシャ人の4人に一人は失業者だというが、もともとギリシャには公務員の割合が多く、それらが緊縮財政によって職を失ったために、失業者が増えたという構図なのだ。</p>

<p>ギリシャは他の国に比べて公有の割合が多く、したがって政府所有の財産も多い。それらの殆ども売りに出されている始末だ。たとえば、インフラでは、アテネ国際空港、ギリシャ高速道路、複数の港湾や地域空港、公営企業では、ギリシャ郵政公社、カジノ、公営競馬公社、宝くじ、サッカーくじなどといった具合だ。（有田哲文氏「ギリシャ、どこで間違ったか」）</p>

<p>再選挙での躍進が予想される急進左派連合のツィプラス党首は、一方では緊縮財政の緩和を言いながら、他方ではユーロには踏みとどまりたいといっている。しかし、そんな虫のいい話が通るはずもない。</p>

<p>政治家たちによる新たな政権ができたにしても、それが緊縮財政を放棄するようなら、ユーロからの離脱が現実味を帯びるだろう。ギリシャのユーロからの離脱は、ギリシャそのものに大打撃を与えることは無論、他のEU諸国にとっても打撃となるだろう。（写真は連立協議に臨む各党代表とパプリアス大統領：ロイターから）</p>

<p><br />
関連記事：<br />
<a href="http://blog.hix05.com/blog/2011/11/post-2189.html">ギリシャ救済プラン国民投票に：逡巡するパパンドレウ</a> <br />
<a href="http://blog.hix05.com/blog/2011/09/post-2115.html">ギリシャのデフォールト危機に見る茶番劇</a> <br />
<a href="http://blog.hix05.com/blog/2010/05/post-1382.html">ギリシャの財政破綻とユーロ圏の経済危機</a><br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>シーシェパードの船長ドイツで逮捕のニュースをめぐって</title>
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    <published>2012-05-16T10:09:32Z</published>
    <updated>2012-05-16T10:10:41Z</updated>

    <summary> シーシェパードといえば、南極海で調査捕鯨に従事している日本の船団や、和歌山県太地町の捕鯨関係者に暴力的な妨害行動をしているのをはじめ、地中海など様々な海に出没...</summary>
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        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="120519.watson.jpg" src="http://blog.hix05.com/blog/Photo2012a/120519.watson.jpg" width="511" height="341" class="mt-image-none" style="" /></span></p>

<p>シーシェパードといえば、南極海で調査捕鯨に従事している日本の船団や、和歌山県太地町の捕鯨関係者に暴力的な妨害行動をしているのをはじめ、地中海など様々な海に出没しては、暴力的な手段を用いて、彼らの気に食わない漁業活動を妨害してきた。そのやり方はあまりにもひどく、障害沙汰に発展することもしょっちゅうだ。そこで日本政府も、2010年に、彼らによる日本人への傷害事件に関して、指導者であるワトソン氏を国際手配していた。</p>]]>
        <![CDATA[<p>そのワトソン氏が、5月12日に、ドイツのフランクフルト国際空港で逮捕された。コスタリカから出されていた国際手配に対して、ドイツ当局が反応したというかたちだ。容疑は、2002年に、コスタリカの漁船が行っていたサメ漁船を威嚇し、船員を危険にさらす行為をおこなっていたというものだ。ワトソン氏は今後コスタリカに移送され、実刑判決を受ける可能性が高いという。</p>

<p>この逮捕劇を巡っては、ネット上で様々な意見が飛び交っているが、その中で筆者の目を引いたのは、ニューズウィーク日本版の記事だった。</p>

<p>「船長逮捕でシーシェパード万事休す」と題したこの記事（筆者はエレーヌ・ホフマン氏）は、一方ではシーシェパードはやり過ぎだといいながら、彼らに対してかなり同情的なのが気になった。</p>

<p>まず気になったのが、今回の逮捕劇の直接の要因となったコスタリカ漁船のサメ漁を「不法」としていることだ。だが、この文章は、「不法」の根拠を明らかにしていない。シーシェパードが不法だといっているのを、そのまま真に受けているのではないかと感じさせる。この記事を読んだ人は、日本の調査捕鯨も不法だと思い込まされる危険がある。</p>

<p>というのも、この記事はシーシェパードを紹介したAFPの記事を引用しながら、シーシェパードがあたかも正義の味方であるかのような言い方をしているからだ。たとえば、こんな調子だ。</p>

<p>「シーシェパードは公海における捕鯨などの＜不法＞行為に対抗する＜直接行動のための革新的戦術＞、つまり音響兵器や放水銃、悪臭弾を使った捕鯨船への攻撃に＜自信をもっている＞。さらに、アザラシ狩猟者の封じ込めにも熱心で、サメやイルカの保護にも乗り出しているという。」</p>

<p>これでは、「公海における捕鯨」が無条件に「不法行為」であるといっているようなものだ。</p>

<p>当のワトソン氏自身は、即時釈放を求めたのに対してドイツ当局が応じないことにショックを受けているそうだ。仮に彼の身柄がコスタリカに引き渡されれば、実刑判決を受ける可能性は極めて高いらしい。そうなれば、彼を中心に動いてきたシーシェパードは深刻な危機に陥る恐れがあるという。</p>

<p>日本はドイツ、コスタリカと犯罪人引渡し条約を結んでいないため、日本への身柄引き渡しを強制することはできない。それ故彼がコスタリカの法律に基づいて厳格に処罰されることを期待するほかはない。（写真はワトソン氏：ロイターから）</p>

<p><br />
関連記事：<br />
<a href="http://blog.hix05.com/blog/2011/05/post-1916.html">クジラと生きる：捕鯨の町太地町の困惑</a> <br />
<a href="http://blog.hix05.com/blog/2011/05/post-1927.html">シー・シェパードが大槌町に戻ってきた：反捕鯨主義者の非人道的な嫌がらせが始まる</a><br />
</p>]]>
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    <title>能「三笑」：虎渓三笑 </title>
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    <published>2012-05-16T09:10:48Z</published>
    <updated>2012-05-16T09:11:56Z</updated>

    <summary> 能「三笑」は中国の故事「虎渓三笑」を題材にしたものだ。「虎渓三笑」の出典は「盧山記」。儒、仏、道の三賢者が一同に会して話をしたところ、お互いに尽きせぬ興味を感...</summary>
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        <category term="35)能と狂言" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.hix05.com/blog/">
        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="120518.sansho.jpg" src="http://blog.hix05.com/blog/Photo2012a/120518.sansho.jpg" width="511" height="346" class="mt-image-none" style="" /></span></p>

<p>能「三笑」は中国の故事「虎渓三笑」を題材にしたものだ。「虎渓三笑」の出典は「盧山記」。儒、仏、道の三賢者が一同に会して話をしたところ、お互いに尽きせぬ興味を感じ、すっかり夢中になってしまった挙句、日頃の自戒を忘れて羽目を外し、互いに大笑いしたというものだ。</p>]]>
        <![CDATA[<p>この故事には、禅僧の慧遠、道士の陸修静、詩人の陶淵明の三人が出てくるが、三人とも歴史上異なった時代に生きていた人々だ。それゆえ故事といっても作り話に過ぎないが、事実よりも話に含まれているユーモアが愛されて、長らく人々の間に伝えられてきた。今でも「虎渓三笑」といえば、中国人にとっては、身近な譬えとしてよく使われる言葉だそうだ。</p>

<p>能では慧遠禅師がシテとなっており、陸修静と陶淵明がシテツレとして禅師を訪ねるという設定になっている。つまりこの能にはワキが出てこないのだ。</p>

<p>慧遠禅師は廬山の奥深く隠棲している。そこは虎渓という谷を超えた彼方にある。禅師はその虎渓の奥から決して出ないという決意を自戒としていた。しかし訪ねてきた二人と夢中になる余り、彼らの帰りを送ってつい虎渓から外へ出てしまった。そのことを三人で大笑いするというのが、この能の筋である。</p>

<p>ここでは先日NHKが放映した宝生流の舞台を紹介したい。シテは近藤乾之助。二人のシテツレのほか、舞い方の少年が登場する珍しい演出だった。</p>

<p>舞台には作り物が置かれ、そこにシテの慧遠禅師が坐するところから始まる。（以下テクストは「半魚文庫」を活用）</p>

<p>シテサシ「普の慧遠廬山のもとに居して。三十余年隠山を出でず。白蓮社を結び並に十八の賢あり。其外数百人世を捨て。栄を忘れて共に西方を修し。六字を礼して此草庵に遊止す。<br />
下歌「かくて流を枕とし。岩にロをすゝぎて。<br />
上歌「行住坐臥の行に。行住坐臥の行に。座禅の床をもる月も西に傾くをりふしは。洞煙谷雲の内よりも。瀑布の滝の白妙に。曙の山の姿。譬へん方ぞなかりける。</p>

<p>シテが舞台の袖に退くと、ワキ方二人と舞い方の少年が登場する。</p>

<p>ツレ二人一セイ「雲無心にして以て岫を出で。鳥飛ぶが如くに倦んで。還ることをや。知らすらん。<br />
上歌「頃もはや。霜降月の曙に。霜降月の曙に。野山の草の色もはや散るもみぢ葉に映ろひて。枯野になれど白菊の。花はさながら紅の。八汐に見ゆる気色かな。八汐に見ゆる気色かな。<br />
淵明詞「いかに此草庵に慧遠禅師の渡り候ふか。陶淵明陸修静これまで参りて候。<br />
シテ「その時禅師は白蓮社を出で。書を以て淵明を招きければ。<br />
ツレ二人「二人は共に拝をなし。<br />
地　上歌「廬山のさかしき石橋を。心静かに渡りつゝ。巌に腰をかけ。瀑布を眺め給ヘり。三千世界は眼に尽き。十二因縁は。心のうちにきはもなし。</p>

<p>舞い方の少年が静かに舞った後、ツレがシテに声をかける。</p>

<p>淵明詞「いかに慧遠禅師に申すべき事の候。<br />
シテ詞「何事にて候ふぞ。<br />
淵明「さて廬山に至らざらん者はこれ僧にあらずと申し候ふよなう。<br />
シテ「げに／＼左様に申し候。<br />
淵明「扨々瀑布と云ふ事は。いかなる謂のあるやらん。<br />
シテ「いや／＼異なる事はなし。万仭名を得て瀑布といふ。<br />
修静「日香炉を照しで紫煙をなす。<br />
シテ詞「遠く見れば織るが如くにして天台に掛く。<br />
淵明「宝尺を疑ふ事を休めよ度りがたし。<br />
シテ「たゞちに金刀の剪栽し易きを恐る。<br />
修静「傾き来つて石上に春雷をなす。<br />
淵明「知らんと欲すこれ銀河の水なる事を。<br />
シテ「人間に堕落して。<br />
修静「合して。<br />
シテ「かへつて。<br />
淵明「廻る。<br />
地「三国無双のこの滝を。今まで拝せぬ心こそ愚なりけれ。本より琴詩酒の友なれば。心静かに昔をいざや語らん。</p>

<p>クリ、サシを省き、簡単なクセのあと、シテによる長閑な舞が披露される。舞の最後に、三人が虎渓を出て互いに笑いあう場面が演じられて、能は一気にキリとなる。</p>

<p>クセ「抑この淵明と申すは。彭沢の令となる。官にある事。八十余日。印を解いて去るとかや。日夜に酒を愛し。松菊を翫ぶ。菊を東籬の下に採つて。南山を見る事も。君に忠ある故とかや。<br />
シテ「又陸修静は。<br />
地「宋の明帝の御時に仙の法を学んで。陸道士と申すとか。後には当山の簡寂観に。隠居してましませり。此人々は天下にも並ぶ方もなき事なれば。廬山の虎渓にも劣らぬ光なりけり。<br />
シテ「菊の白露積り積つて。不老不死の薬の泉。よも尽きじ。<br />
地「幾万代も限らじな。さす盃の廻る夜も。さす盃の廻る夜も。明くれば暮るゝも白菊の。花を肴に立ち舞ふ袂酒狂の舞とや。人の見ん。<br />
シテ「万代を。<br />
地「万代を。万代を。松は久しき例なり。松は久しき例なり。<br />
シテ「年をおい松も緑は若木の姫小松。<br />
地「四季にも同じ葉色の常磐木の。松菊を愛し。かなたこなたへ足もとは泥々々々と苔むす橋を。よろめき給へば淵陸左右に。介錯し給ひて。虎渓を遥に出で給へば。淵明禅師にさて禁足は破らせ給ふかと。一度にどつと手をうち笑つて。三笑の昔と。なりにけり。</p>

<p><br />
関連リンク：　<a href="http://japanese.hix05.com/Noh/noh.index.html">能楽の世界：能・狂言・謡曲</a></p>]]>
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    <title>クルーグマン金融規制の必要性を語る</title>
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    <published>2012-05-15T11:12:03Z</published>
    <updated>2012-05-16T02:19:58Z</updated>

    <summary>先日発表されたJPモルガンの巨大損失に関連して、ポール・クルーグマンは、それが金融機関による相変わらずの投機熱がまたぞろ失敗した結果だとして、金融規制の必要性を...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.hix05.com/blog/">
        <![CDATA[<p>先日発表されたJPモルガンの巨大損失に関連して、ポール・クルーグマンは、それが金融機関による相変わらずの投機熱がまたぞろ失敗した結果だとして、金融規制の必要性を改めて主張している。以下、彼がニューヨークタイムズのコラムに寄せた小論を、そのまま引用する。</p>]]>
        <![CDATA[<p>Why We Regulate By PAUL KRUGMAN</p>

<p>One of the characters in the classic 1939 film "Stagecoach" is a banker named Gatewood who lectures his captive audience on the evils of big government, especially bank regulation -- "As if we bankers don't know how to run our own banks!" he exclaims. As the film progresses, we learn that Gatewood is in fact skipping town with a satchel full of embezzled cash. </p>

<p>As far as we know, Jamie Dimon, the chairman and C.E.O. of JPMorgan Chase, isn't planning anything similar. He has, however, been fond of giving Gatewood-like speeches about how he and his colleagues know what they're doing, and don't need the government looking over their shoulders. So there's a large heap of poetic justice -- and a major policy lesson -- in JPMorgan's shock announcement that it somehow managed to lose $2 billion in a failed bit of financial wheeling-dealing. </p>

<p>Just to be clear, businessmen are human -- although the lords of finance have a tendency to forget that -- and they make money-losing mistakes all the time. That in itself is no reason for the government to get involved. But banks are special, because the risks they take are borne, in large part, by taxpayers and the economy as a whole. And what JPMorgan has just demonstrated is that even supposedly smart bankers must be sharply limited in the kinds of risk they're allowed to take on. </p>

<p>Why, exactly, are banks special? Because history tells us that banking is and always has been subject to occasional destructive "panics," which can wreak havoc with the economy as a whole. Current right-wing mythology has it that bad banking is always the result of government intervention, whether from the Federal Reserve or meddling liberals in Congress. In fact, however, Gilded Age America -- a land with minimal government and no Fed -- was subject to panics roughly once every six years. And some of these panics inflicted major economic losses. </p>

<p>So what can be done? In the 1930s, after the mother of all banking panics, we arrived at a workable solution, involving both guarantees and oversight. On one side, the scope for panic was limited via government-backed deposit insurance; on the other, banks were subject to regulations intended to keep them from abusing the privileged status they derived from deposit insurance, which is in effect a government guarantee of their debts. Most notably, banks with government-guaranteed deposits weren't allowed to engage in the often risky speculation characteristic of investment banks like Lehman Brothers. </p>

<p>This system gave us half a century of relative financial stability. Eventually, however, the lessons of history were forgotten. New forms of banking without government guarantees proliferated, while both conventional and newfangled banks were allowed to take on ever-greater risks. Sure enough, we eventually suffered the 21st-century version of a Gilded Age banking panic, with terrible consequences. </p>

<p>It's clear, then, that we need to restore the sorts of safeguards that gave us a couple of generations without major banking panics. It's clear, that is, to everyone except bankers and the politicians they bankroll -- for now that they have been bailed out, the bankers would of course like to go back to business as usual. Did I mention that Wall Street is giving vast sums to Mitt Romney, who has promised to repeal recent financial reforms? </p>

<p>Enter Mr. Dimon. JPMorgan, to its -- and his -- credit, managed to avoid many of the bad investments that brought other banks to their knees. This apparent demonstration of prudence has made Mr. Dimon the point man in Wall Street's fight to delay, water down and/or repeal financial reform. He has been particularly vocal in his opposition to the so-called Volcker Rule, which would prevent banks with government-guaranteed deposits from engaging in "proprietary trading," basically speculating with depositors' money. Just trust us, the JPMorgan chief has in effect been saying; everything's under control. </p>

<p>Apparently not. </p>

<p>What did JPMorgan actually do? As far as we can tell, it used the market for derivatives -- complex financial instruments -- to make a huge bet on the safety of corporate debt, something like the bets that the insurer A.I.G. made on housing debt a few years ago. The key point is not that the bet went bad; it is that institutions playing a key role in the financial system have no business making such bets, least of all when those institutions are backed by taxpayer guarantees. </p>

<p>For the moment Mr. Dimon seems chastened, even admitting that maybe the proponents of stronger regulation have a point. It probably won't last; I expect Wall Street to be back to its usual arrogance within weeks if not days. </p>

<p>But the truth is that we've just seen an object demonstration of why Wall Street does, in fact, need to be regulated. Thank you, Mr. Dimon. </p>]]>
    </content>
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    <title>沖縄「復帰」とは何だったのか</title>
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    <published>2012-05-15T10:10:13Z</published>
    <updated>2012-05-15T10:11:31Z</updated>

    <summary>今年（2012年）は沖縄の祖国復帰から40年目にあたる節目の年だというので、メディア界では様々な特集が組まれているようだ。雑誌「世界」の6月号も、「沖縄＜復帰＞...</summary>
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        <category term="85)日本の政治と社会" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.hix05.com/blog/">
        <![CDATA[<p>今年（2012年）は沖縄の祖国復帰から40年目にあたる節目の年だというので、メディア界では様々な特集が組まれているようだ。雑誌「世界」の6月号も、「沖縄＜復帰＞とは何だったのか」と題して、特集を組んでいる。その中で、沖縄のジャーナリスト新川明氏が「40年目の感慨」と題して、沖縄「復帰」の意味を再検討していたのが、印象に強く残った。</p>]]>
        <![CDATA[<p>一般の日本人は、40年前に行われた沖縄施政権の米国から日本への移管を、「返還」とか「復帰」とか呼んでいるが、沖縄の人々にとっては、そんなに単純なものではない。だから沖縄の人々は、返還とか復帰とか言う言葉を使うときには、少なくとも書き言葉の上では、かならずカッコをつけるのだという。</p>

<p>日本人の多くが「返還」とか「復帰」とかいった言葉を使うときには、無意識に、沖縄は歴史的にも地政学的にも日本の一部だと思っているのだろうが、沖縄の人々はそんな風には、簡単には考えない。</p>

<p>歴史的に言えば、沖縄はもともと日本から自立した独立国だった。それを日本政府が維新後に、琉球処分と言う名目で、日本に併合した。沖縄の多くの人々はそんな風に思っている。だから、40年前に行われたことは、多くの日本人が言うような、祖国への「復帰」とか「返還」とかいったことではなく、日本による沖縄の再併合と言うべきだ、という言い方も出てくる。</p>

<p>こうした言い方は、なにも新川明氏だけではなく、沖縄の多くの人々によって共有されているらしいことは、今日（5月15日）の朝日新聞朝刊に載っていた、沖縄出身のライター知念ウシさんと哲学者高橋哲也氏の対談で、知念さんが同じような感慨を述べていたことからもうかがえる。</p>

<p>知念さんは「復帰」の少し前に生まれ、その意義については長い間考えることもなかったが、最近になって、これが「復帰」と呼ぶにはあまりにも問題を抱えていることに、思いあたるようになったのだという。</p>

<p>それは、一言で言えば、日本全体のためにという理屈で、沖縄が深刻な差別を受けていると思わざるを得ない状況があるからだという。その差別はおそらく、日本が沖縄を植民地として扱ってきた歴史を背景にしているのではないか、とも知念さんはいう。</p>

<p>何故沖縄だけが、基地に苦しんでいるのか。それは、日本人が沖縄を国土の一部とは考えずに、あたかも植民地として考えているからではないか。</p>

<p>先日、米軍が移転先として岩国の基地を打診してきたとき、日本政府は、地元の理解がえられないという理由で、さっそくその申し出を断った。理解が得られていないのは沖縄も同然なのに、山口県の人々の反対意見は聞かれ、沖縄の人々の意見は無視される。こんな差別がまかり通るのは、日本政府の大臣クラスまでが、沖縄を植民地のように考えていることの証拠だろう。知念さんは、こんな厳しい見方までしているようだ。</p>

<p>たしかに、知念さんの主張には理由がある。日本人が沖縄の犠牲の上で、国の安全保障と経済的な繁栄を享受してきたことは、まぎれもない事実だからだ。</p>

<p><br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>シンガポールの華僑処刑事件：児島襄「太平洋戦争」</title>
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    <published>2012-05-15T09:05:19Z</published>
    <updated>2012-05-15T09:06:28Z</updated>

    <summary>シンガポール攻略は南方作戦の中でもっとも重視された作戦だった。シンガポールは何と言っても、大英帝国の最大の拠点である。ここを叩けば、日本は南方海域に橋頭保を築く...</summary>
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        <category term="46)日本史覚書" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.hix05.com/blog/">
        <![CDATA[<p>シンガポール攻略は南方作戦の中でもっとも重視された作戦だった。シンガポールは何と言っても、大英帝国の最大の拠点である。ここを叩けば、日本は南方海域に橋頭保を築くことができ、逆にイギリスは最大の拠点を失うことになる。そのことでイギリスの戦意を消滅せしめ、早期決戦という日本の思惑が現実化する可能性がある。</p>]]>
        <![CDATA[<p>日本軍は当初、3月10日の陸軍記念日までにシンガポールを攻略する計画だった。しかしそれより早く2月11日にはシンガポール島のブキテマ高地を占領して事実上攻略に成功し、15日には現地軍が白旗をかかげて正式に降伏した。</p>

<p>これは、12月8日にマレー半島のコタバルに上陸して以来、シンガポール島の対岸ジョホールバルまでわずか55日で到達するという日本軍の快進撃の賜物だった。それにあわせて、シンガポールを守るイギリス側連合軍は士気が弱かった。指揮官のパーシバルが軍人としての能力に欠けていたうえ、インド、オーストラリアなどの外国人部隊もあわさった混合部隊で、相互の意思疎通が万全でなかったという事情もあった。</p>

<p>ところで、シンガポールの攻略に当たっては、日本にとって忌まわしい副産物が生じた、と児島氏はいう。華僑処刑事件である。</p>

<p>日本軍はシンガポール攻略後2月20日までに「反抗華僑容疑者名簿」を作成し、それにもとづいて2月21日から3月末日にかけて6500人の中国人華僑を逮捕、そのうち5000人を処刑したのである。処刑の理由は、飛行場爆撃誘導、砲撃標示、後方兵站線襲撃などの通敵行為であるとされたが、調査は十分であったといえず、また正式な裁判も経ないで行われたために、華僑社会や連合軍は、この処刑事件をシンガポールの華僑大虐殺、あるいは粛清と呼んで、日本側を激しく非難した。</p>

<p>この事件は南京事件とともに、アジア・太平洋戦争における日本軍の残虐行為の典型として、事件に関与した将官2人、佐尉官7人が、戦後シンガポール軍事裁判で裁かれ、警備司令官河村中将、憲兵隊長大石中佐が絞首刑になっている。</p>

<p>日本側は、なぜ華僑をターゲットにこんな大規模な処刑を行ったのか。</p>

<p>それはマレー、シンガポール社会の華僑が猛烈な反日意識をもっていたことによる。彼らは「消極的な抗日運動だけでなく、日本軍の前線すべてにわたって積極的に後方攪乱、情報工作を行った」</p>

<p>このような華僑に対する日本軍の認識は、戦後極東軍事裁判での、第25軍参謀杉田中佐の次のような証言に現れている。</p>

<p>「馬来作戦に於て華僑はその終始を通し・・・我が作戦を不利ならしめたること甚だし。即ち・・・頻繁なる通敵行為により我が作戦企図は敵に察知せられ・・・我が部隊の密集地域に砲爆撃を蒙り・・・兵站線の襲撃、交通線、軍用通信線の破壊・・・を実施し、軍需品特に弾薬の戦場到達を遅延せしめ、ために神速を要せし馬来作戦を妨害困難ならしめたること屡々なり」</p>

<p>このような華僑の態度を見た日本軍は、華僑に対して敵対意識を燃え上がらせ、イポー、クアラルンプルでは、抗日分子とみられる華僑を処刑し、その首をさらすことによって、人々を震え上がらせたのであるが、それがまた華僑の反日意識をますます高めたことも疑いない。</p>

<p>なかでもダル・フォースと呼ばれた華僑の抗日部隊は、日本軍に対してゲリラ的な活動を行い続けた。これはもともとマレー保安警察情報部長ダリー大佐の呼びかけに答えて集まった華僑部隊だったが、シンガポール攻略選のクライマックスでも大活躍し、上陸しようとする近衛師団を相手に戦った最後のダル・フォースは200人、その全員が華々しく死亡した。彼らの死体を見聞した近衛師団は、中国人と知って非常に驚いたという。</p>

<p>こんなことがあったために、日本軍の華僑に対する敵愾心は異常に高まっていたのだと思われる。その敵愾心がシンガポール華僑の大量殺害をもたらしたのではないか。</p>

<p>この事件が「太平洋戦争を暗くいろどる不祥事であったことに変りはない。こうして日本は、初戦において早くもアジア人を敵に回し、戦争遂行に必要な原住民の協力を失った。マレー、シンガポールの華僑は、この事件によって、ますます反日態度を固め、シンガポール市、マレー半島におけるゲリラ活動は、この後決してやむことはなかったのである。」</p>

<p>児島氏はこう述べて、日本側の過剰防衛と、それによって失った占領地住民の協力と反日意識の高まりについて、大いに嘆いている。</p>

<p><br />
関連サイト：<a href="http://japanese.hix05.com/History/history.index.html">日本史覚書</a><br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>中国の陳情者たち</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.hix05.com/blog/2012/05/post-2528.html" />
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    <published>2012-05-14T11:07:35Z</published>
    <updated>2012-05-14T11:08:37Z</updated>

    <summary> 盲目の人権活動家陳光誠氏の米大使館亡命事件をめぐって中国における人権の状況が改めて世界中の関心を呼んだところだが、それと関連して、中国には人権を侵害された人々...</summary>
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        <category term="83)世界情勢を読む" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.hix05.com/blog/">
        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="120517.waiting.jpg" src="http://blog.hix05.com/blog/Photo2012a/120517.waiting.jpg" width="511" height="341" class="mt-image-none" style="" /></span></p>

<p>盲目の人権活動家陳光誠氏の米大使館亡命事件をめぐって中国における人権の状況が改めて世界中の関心を呼んだところだが、それと関連して、中国には人権を侵害された人々がその回復を願って、皇帝に直接陳情するという一種の政治文化があったということを、最近のNewsweekの記事が紹介していた。Waiting for Justice in Beijing : Photographs and Text by Sim Chi Yin</p>]]>
        <![CDATA[<p>北京オリンピックが開催されるまでは、北京南駅一帯には、全国から出てきた陳情者がかなり大規模なテント村を作っていたという。彼らは、自分の住んでいる土地で、地方官憲によって様々な人権侵害を蒙り、その解決を求めて北京の中央政府要人に直接陳情しようとする人々だ。</p>

<p>陳情の内容は、正当な補償なく土地を取り上げられた、働いた対価としての賃金を払ってもらえなかったといった経済的な事案から、官憲による暴力的な弾圧など多岐にわたる。こうした陳情が中央政府に取り上げられるケースは非常に少ないのだが、それでもゼロではない。中には言い分を政府の役人に取り上げてもらって、地元の官憲を動かした例もある。それ故、人々は一抹の期待をかけて、北京に集まってくるというわけなのだ。</p>

<p>しかし、2010年の北京オリンピック開催を前にして、テント村は強制排除され、陳情者が住みつかぬよう、官憲の取り締まりが厳しくなった。</p>

<p>それでも、陳情者はあきらめずに集まってくる。彼らは、官憲の目を避けて路上生活をし、中央政府の役人に直接陳情できるチャンスを伺っている。それには、中国社会に深く根付いた陳情の文化が作用しているのだろう。かつてテレビ放映されたドラマ「大地の子」の中でも、日本人の息子の幸福を願って、中国人の父親が北京まで陳情にやってくるシーンがあった。それもやはり、中国人の伝統的な陳情文化を反映した行動だったのだ、と改めて納得した次第だ。（写真は、陳情の機会を伺って路上生活をするウィグル人女性）<br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>JPモルガン・チェースが巨額損失</title>
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    <published>2012-05-14T10:14:47Z</published>
    <updated>2012-05-14T10:16:24Z</updated>

    <summary> JPモルガン・チェースが金融デリバティブの取引を通じて20億ドルの巨額損失を出したことをめぐって、大きな波紋が起きている。オバマ政権の金融規制当局のメンバーで...</summary>
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        <category term="84)経済学と世界経済" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="120516morgan-ap.jpg" src="http://blog.hix05.com/blog/Photo2012a/120516morgan-ap.jpg" width="511" height="334" class="mt-image-none" style="" /></span></p>

<p>JPモルガン・チェースが金融デリバティブの取引を通じて20億ドルの巨額損失を出したことをめぐって、大きな波紋が起きている。オバマ政権の金融規制当局のメンバーで、マサチューセッツ州選出民主党下院議員候補者のエリザベス・ウォーレン女史は、JPモルガン・チェースを激しく批判し、「巨大銀行がリスクの多い取引に血眼になり、失敗すると国民の税金で救済してもらい、ほとぼりがさめるとロビー活動を行って規制を緩めさせる、こういったやり方は許せない」と憤っている。</p>]]>
        <![CDATA[<p>先の金融危機を踏まえて、アメリカでは金融機関への規制を内容とするドッド・フランク方が2010年に制定され、銀行が投機的取引に手を出すのを原則禁ずる方向性を示したが、運用の詳細については、まだ明確になっていなかった。今回の事態はその間隙をつくかたちで起きたものだ。</p>

<p>ドッド・フランク法では、金融機関による自己勘定取引とその他の投機的な取引を原則的に禁止するいわゆるボルカー・ルールが導入されたが、このルールの詳細が明らかにされていないことで、銀行経営者と立法化たちとの間に認識の相違があったといわれる。</p>

<p>というのも、JPモルガン・チェースのCEOダイモン氏が、これはリスクヘッジのために行ったものであり、ボルカー・ルールに違反していないと言明しているのに対して、ボルカー・ルール作成に参加した民主党上院議員のカール・レビン氏らは、JPモルガン・チェースの取引がボルカー・ルールに抵触しているとの見方を示して、対立しているからだ。</p>

<p>今回の損失は、JPモルガン・チェースの経営を揺るがすような問題には発展しないとみられているが、巨大銀行がいまだに、リーマンショックの教訓を無視して投機的な行動に走っているとの印象を、強く与えたことは間違いない。この事態を踏まえて、ボルカー・ルールをより厳密に定めようとの動きが強まるとともに、それを骨抜きにしようとする金融機関との間で、虚々実々のやり取りが展開されることになろうと、さっそくウォール・ストリートの路上雀たちを賑わしているようだ。（写真はAPから）<br />
</p>]]>
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    <title>大食と邪淫のアレゴリー：ボスの世界</title>
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    <published>2012-05-14T09:07:36Z</published>
    <updated>2012-05-14T09:08:42Z</updated>

    <summary> 七つの大罪はそれぞれ互いに響きあうものを持っているが、なかでも大食と邪淫は深いかかわりを持つと信じられていた。そのことは中世の諺「バッコスがいなければヴィーナ...</summary>
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        <category term="76)美を読む" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="bosch205.gluttony.jpg" src="http://blog.hix05.com/blog/Photo2012a/bosch205.gluttony.jpg" width="500" height="556" class="mt-image-none" style="" /></span></p>

<p>七つの大罪はそれぞれ互いに響きあうものを持っているが、なかでも大食と邪淫は深いかかわりを持つと信じられていた。そのことは中世の諺「バッコスがいなければヴィーナスもかたなし」に示されている。ボスはそんな観念に基づいてこの絵を描いたのだと思われる。</p>]]>
        <![CDATA[<p>左手の男たちの一団が大食のイメージを表している。酒樽に跨った男は太鼓腹をしており、いかにも大食漢といった風情だ。樽の周りに他の男たちがしがみつき、そのうちの一人は酒を勢いよく汲み出している。下の方には別の男が岸辺に向かって泳いでいるが、男の表情はミートパイを乗せた皿に隠されて良く見えない。岸辺に脱ぎ捨てた衣服が見えるのは、あるいはこの男のものかもしれない。</p>

<p>右手には、テントの中で男女が睦みあっている。男は盃を持って女に勧めているようだ、女が盃に向かって口を突き出しているように見えるのがそのことを示唆している。</p>

<p>この絵は酒を媒介にして、大食と邪淫を結び付けているわけだ。酒は一方では暴飲暴食に、他方では邪淫の陶酔につながると考えたのだろう。</p>

<p>なお、この絵はもともと「愚者の船」と一帯をなしていたとする説がある。だがそれにしては絵のサイズがかなり違っているので、辻褄のあわないところがある。一方、季節を描いた連作の一部とする説もある。それによればこの絵は、5月を表しているという。</p>

<p>（板に油彩、31×35cm、イエール大学付属美術館）</p>

<p><br />
関連サイト：<a href="http://art.hix05.com/">壺齋散人の美術批評</a></p>]]>
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    <title>我が母の記</title>
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    <published>2012-05-13T10:12:46Z</published>
    <updated>2012-05-14T12:14:38Z</updated>

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        <category term="96)映画を語る" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="120515.mom.jpg" src="http://blog.hix05.com/blog/Photo2012a/120515.mom.jpg" width="511" height="340" class="mt-image-none" style="" /></span></p>

<p>映画「我が母の記」を見た。井上靖の自伝的小説を下敷きにしたものだそうだ。筆者は、井上靖の小説は若い頃に歴史ものを数編読んだきりで、彼が好んで書いたという自伝小説の類は読んだことがなかったので、この映画も、井上靖への関心の延長としてではなく、あくまでも母と子のあり方を描いた一篇の映画として受け止めた。</p>]]>
        <![CDATA[<p>映画では、一人の作家が、幼い頃に両親に捨てられたとの、苦い感情を抱いているという状況設定から出発している。作家はとくに母親が自分を捨てたことに深いこだわりを感じている。捨てた、というのは、両親が幼い作家だけを日本に残して、台湾の職場へ転勤したということだったのだが。</p>

<p>それでも、小さな子どもにとっては、自分は両親によって捨てられたのだと受け止めずにはいられなかった。とくに、自分を捨てた母親に大きなこだわりを感じないではいられなかった。そんな母親が、年老いて痴呆症状を呈するようになる。作家は当初、その痴呆の意味するところが良くわからなかったが、それなりに受け入れて母親の世話をするようになる。</p>

<p>母親の症状は、次第に深刻になっていく。深刻になればなるほど、いままで意識の奥深くに抑圧してきたことを、無防備に漏らすようにもなる。作家はそんな母親の無防備さの中に、母親もまた、幼い自分を捨てたことに、深いこだわりを持ちながら生きてきたのだということを見出す。</p>

<p>母親の苦悩に共感できたことで、子は母親との真の和解を体験する。それはあまりにも遅すぎた和解かもしれないが、互いに生きている間に、たとえ一方の意識が損なわれた状態においてであるにしても、とにかく誤解が解けて和解することができた、それは人間として生きていくうえで、最低限必要な心の平安を、ひとりの人間が獲得できたというメッセージのようにも受け取れた。</p>

<p>筆者がこの映画にそれなりに感情移入したのは、やはり自分自身の母親との関係を思い出させられたからだ。筆者の母親も晩年は深刻な痴呆状態に陥った。そんな母親に対して筆者は、子に相応しい態度を取り続けていられたか、少なくともこの映画に出てくる作家ほどの礼儀を以て、母親の面倒を見続けたか。そんな反省の気持ちが沸々と湧き上がってきたのだった。</p>

<p>母親役を演じた樹木希林さんの演技が圧倒的だったので、つい自分の母親のイメージとオーバーラップしてしまったのかもしれない。</p>

<p><br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>ヒョウ（Le Léopard）ロベール・デスノス</title>
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    <published>2012-05-13T09:07:21Z</published>
    <updated>2012-05-13T09:09:03Z</updated>

    <summary>ロベール・デスノスの「おりこうさんのおとぎ歌」から「ヒョウ（Le Léopard）」（壺齋散人訳） 　　森の中では 　　ヒョウに気をつけな 　　声もたてずに 　...</summary>
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        <category term="65)詩人の魂" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.hix05.com/blog/">
        <![CDATA[<p>ロベール・デスノスの「おりこうさんのおとぎ歌」から「ヒョウ（Le Léopard）」（壺齋散人訳）</p>

<p>　　森の中では<br />
　　ヒョウに気をつけな<br />
　　声もたてずに<br />
　　いきなり現れるから<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>　　ヒョウがいる夕べに<br />
　　夜鳴き鳥が鳴くと<br />
　　森があんぐりと<br />
　　口を開けて驚いた</p>

<p>　　そこへヒョウが<br />
　　ひっそりと身を隠し<br />
　　小さな声を立てながら<br />
　　いきなり現れるんだ</p>

<p><br />
狡猾ですばしこいヒョウの動きを歌ったものです。ヒョウがいきなり現れた後、子どもがどうなったかはわかりません。</p>

<p><br />
Le Léopard<br />
Robert DESNOS Recueil : "Chantefables" </p>

<p>　　Si tu vas dans les bois,<br />
　　Prends garde au léopard.<br />
　　Il miaule à mi-voix<br />
　　Et vient de nulle part.</p>

<p>　　Au soir, quand il ,<br />
　　Un gai rossignol chante<br />
　　Et la forêt béante<br />
　　Les écoute et s'étonne,</p>

<p>　　S'étonne qu'en ses bois<br />
　　Vienne le léopard<br />
　　Qui ronronne à mi-voix<br />
　　Et vient de nulle part.</p>

<p><br />
関連サイト：<a href="http://poesie.hix05.com/index.html">フランス文学と詩の世界 </a>＞<a href="http://poesie.hix05.com/Desnos/desnos.index.html">ロベール・デスノス </a></p>]]>
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