杜甫によって酒仙と称された李白は自他ともに認める酒豪、酒の歌を多く作った。そんな李白にとって、陶淵明は酒の風雅を愛する者の先輩格。李白は折に触れて陶淵明を念頭においた詩を作っている。
ここでは、李白が陶淵明を歌った詩の中から、三つとりあげてみたい。
山中幽人と対酌す
両人対酌山花開 両人対酌すれば山花開く
一杯一杯復一杯 一杯一杯復た一杯
我酔欲眠卿且去 我酔ひて眠らんと欲す卿且く去れ
明朝有意抱琴来 明朝意有らば琴を抱いて来れ
あなたと二人して対酌すると山の花がひらく、その花を愛でつつ一杯一杯復た一杯と杯は進む、私はすっかり酔って眠くなってしまった、あなたにはしばらく姿を消してほしい、明朝もしよければ琴を携え出直してくれたまえ
この詩は宋書隠逸伝に記された逸話を踏まえたもの。宋書隠逸伝には次の如くある。「潛音聲を解せず,而して素琴一張を畜ふ,弦なし,酒の適するある每に,輒ち撫弄して以て其意を寄す。貴賤の之に造る者,酒あらば輒ち設く,潛若し先に醉へば,便ち客に語る:<我醉ひて眠らんと欲す,卿去るべし。>其真率たること此の如し」
王歴陽の肯へて酒を飲まざるを嘲る
地白風色寒 地白くして風色寒く
雪花大如手 雪花大なること手の如し
笑殺陶淵明 陶淵明を笑殺して
不飲杯中酒 杯中の酒を飲まず
浪撫一張琴 浪として一張の琴を撫で
虚栽五株柳 虚しく五株の柳を栽す
空負頭上巾 空しく負ふ頭上の巾
吾於爾何有 吾爾に於て何をか有らんや
地面は雪で真っ白になり風が寒々と吹く、舞い降りる雪はこぶしのような大きさだ、この寒さの中でも王歴陽は陶淵明の酒好きを笑って、自らは飲もうとしない
酒も飲まずにただむやみと琴を弾くばかり、庭に五株の柳を植えていても空々しい限りだ、せっかく雪の中を頭巾を被って訪ねてきたというのに、あんたは私の相手をしてくれないのだね
これは酒を飲まぬ友人王歴陽を嘲ってうたったものだ。琴は陶淵明もまた撫弄したが、王歴陽はしらふでしている。またその庭には陶淵明同様五株の柳を植えているが、陶淵明の精神とは似て非なるものだと嘲っている。
山中問答
問余何意棲碧山 余に問ふ何の意ありてか碧山に棲むと
笑而不答心自閑 笑って答へず 心自づから閑なり
桃花流水杳然去 桃花流水杳然として去る
別有天地非人間 別に天地の人間に非ざる有り
人は私に、どういうつもりで碧山に住んでいるのかと問う、私は笑って答えようとはしないが、心の中は穏やかなのだ、この山の中を桃花流水が杳然として流れていく、天地の間にありながら人間の世界ではないかのようだ
この有名な詩は、陶淵明の桃源郷を意識して作ったものだろう。「桃花流水杳然として去る」の一句には、李白の恬淡とした生きざまが凝縮されているようでもある。
コメントする