アメリカ下院議会が、アフリカ系市民に対して公式に謝罪する決議を採択した。「アフリカ系市民及び彼らの祖先に対して、奴隷制やジム・クロウ法を通じてなされた数々の不当な仕打ちについて、国民を代表して謝罪する。」というものである。
なぜ今、アフリカ系市民に対する謝罪が問題となるのか。それも議会が公式に行うということは何を意味するのか。
過去に議会が、国民の一部に対して謝罪した例としては、第二次大戦中に日系アメリカ人にたいしてなされた隔離政策への謝罪、ハワイの王朝を武力で壊滅したことについてハワイの先住民族に対してなされた謝罪があげられる。これらはいずれも国民の少数者に対してなされた謝罪であり、影響する範囲が小さい割に、政治的なインパクトを持つものだったと評価されている。
日系人やハワイの原住民に対して、アフリカ系市民は、数も膨大であり、歴史的な背景も比較にならないほど複雑である。彼らに対する差別は、根が深く、1960年代までは公然と行われていた。
ジム・クロウ法と呼ばれるものは、主に南部の諸州が制定した黒人差別に関する法律を一括してさしている。黒人の公民権やその他の基本的な人権を露骨に抑圧するものだった。これらは1960年代の黒人公民権運動をきっかけにして、漸次廃止され、今日、法的な制度としての差別はなくなったが、白人の黒人に対する差別意識は依然生きているといわれる。
これまでも、アフリカ系市民への謝罪が議会の場で取り上げられたことは、なかったわけではない。しかしそれが実を結ばなかった理由は、ひとつには損害賠償をどうするのかという、打算上の問題もあったが、やはり事柄の余りの根深さが、議論を紛糾させたからだ。
今回の決議を主導したのは、テネシー州選出の下院議員スティーヴ・コーエンである。彼は2006年の選挙で、黒人が圧倒的な比率を占める選挙区で、白人としては、30数年ぶりに議席を手にした男だ。だから、黒人票に対して敏感にならざるを得ないのだとする、さめた見方もあるが、しかし下院全体の指示を得るには、それなりの条件がなければならない。
今年の大統領予備選は、民主党の動向に、アメリカはもとより世界中の注目が集まった。女性のヒラリー・クリントンとアフリカ系のバラク・オバマが一騎打ちを演じたからだ。これまでのアメリカの歴史において、女性も黒人も大統領になった例がない。その両者が一騎打ちを演じたものだから、人々はそこに時代の流れの変化を感じざるを得なかった。
今回のアフリカ系市民への下院の謝罪も、こうした新しい時代の流れが促したのだと見ることもできる。
もっとも、今回の謝罪には、上院のほうは加わっていない。
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