ビッグ・バン理論は、今日の科学者たちにとって、宇宙解釈のパラダイムとなっている。
宇宙は永遠普遍のものではなく、絶えず膨張し続けている。この観察上の事実をもとに、膨張のプロセスを究極まで遡り、そもそもこの膨張が始まった時点を捉えて、ビッグ・バンと定義するわけだ。
ビッグ・バンとは爆発という意味である。原始状態の宇宙は巨大な質量の塊であったと仮定され、それが爆発することで、質量が宇宙空間に飛散し、今日の宇宙の原型が作られた。計算上この爆発は、137億年前に起きたと推論されている。それ以降宇宙は絶え間なく膨張を続け、今日の姿になった。将来にわたっても、限りなく膨張し続けるであろう、こう解釈されている。
この解釈には解きがたい難問がある。ビッグ・バン以前の宇宙は、厳密にはどのような状態だったのか、またそれを爆発させた原因は何だったのか、つまりビッグ・バン以前にも、宇宙には時間や空間といったものがあったのかどうかという問いである。
相対性理論によれば、時間や空間は存在の器ではなく、存在の様式であると捉えられる。独立したものとしての時間や空間の中で宇宙が生成されたのではなく、膨張する宇宙そのものが時間や空間を伴ってきたという解釈である。だからビッグ・バン以前の宇宙の姿を問うことは余り意味がないということになる。
だからといって、ビッグ・バンが無から生じたのではない限り、ビッグ・バン以前の宇宙を問題にすることには意味があるといえる。科学者たちはこれまで、このことについて、見てみぬ振りをしていただけだ。
イギリスの研究者ブライアン・クレッグ Brian Clegg は、最新の著書「ビッグ・バン以前」Before the Big Bang の中で、こうした問題意識を前面に押し出している。
クレッグはいう、ビッグ・バン理論そのものは否定されるべきではないと思うが、これによってすべてが説明できるとは限らない。自分が問題に思うのは、今日の科学者たちがこの理論を疑い得ない前提として議論をしていることだ。その結果、宇宙には始まりがあり、未来があるということになる。始まりがあれば、それは無限や永遠の概念とは相容れない。こうしたわけで、ビッグ・バン理論を無批判に援用することには、落とし穴があるという。
クレッグはビッグ・バン理論の穴を埋めるようなモデルを提出しているわけではないが、そこに潜むアポリアを意識的に持ち出すことによって、その抜本的な見直しを狙っているように思える。たとえば、時間や空間に関するパラダイムを大胆に見直すことによって、宇宙には始まりもなければ終わりもないといった新しいモデルをほのめかしている。
筆者などは、パラダイム以前の問題として、宇宙を素朴に見ることしかできないので、クレッグのような問題意識は驚きであるとともに、新鮮にうつる。
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