オバマ大統領の公約の柱の一つだった医療保険制度改革が、暗礁に乗りかけている。そのことが大きな要因となって、大統領の支持率も急低下し、就任直後60%以上だったものが、最近は50%前後まで落ち込んできた。何が事態をここまで深刻化させたか。その背景には、自助努力を美徳とする、アメリカの政治的伝統ともいえる国民の信念が働いているようだ。
オバマの医療保険制度改革の大きな目的は二つある。ひとつは国民皆保険を実現することだ。日本と違ってアメリカには、国民全体をカバーする統一的な医療保険制度がない。企業が従業員を対象に行っている私的な企業保険が中心で、公的な医療保険としては高齢者を対象にしたものがあるだけだ。その結果保険に加入できないものが人口の15パーセントに当たる4600万人に上る。オバマの改革案は、とりあえずこの層の救済を標的にしたものだといわれる。
次にアメリカでは医療費が法外に高いという批判がある。アメリカの医者は日本と違って、医療保険当局の作成した診療報酬基準に縛られていないから、医療費の上昇をチェックするシステムがないことの結果だ。オバマの改革は、医療費に一定の基準を導入することによって、その上昇を防ぐことも狙いとしている。
これに対して、共和党を中心に、反対の大合唱が起こった。反対の理由は、上述した制度導入の目的に対応して、二つある。
ひとつは財源にかかわる懸念だ。国民皆保険に要する財源は、今後10年間で94兆ドルと見積もられている。それがすべて増税という形で国民に跳ね返ってくるのではないか。今まで十分うまくやってきたものが大多数なのに、少数のものの利益のために、膨大な負担を強いられるのはかなわないという理由だ。
こうした人々は、医療を含めて自分の生活は自分で工面するという、自助努力の考えに立っている。自助努力ができない人々には、それに応じた対症療法を考えればよいのであって、彼らの利益のために、国民の大多数が政府の制度に縛られるのは本末転倒だという理屈だ。
次に医療分野へ政府が介入することへの反発だ。医者の団体や薬品・医療関係業者を中心に根強いものがある。彼らは政府は小さいほど良いという伝統的な観念を持ち出して、医療が政府に乗っ取られるのはかなわないと、保守的な人々の感情に訴えかけている。
民主党政権は1990年代にも、ヒラリー・クリントンのイニシャティヴで医療保険制度改革に取り組んだことがある。そのときも、上述したような議論が巻き起こり、制度改革は頓挫した。
今回もまたその二の舞を踏むようだと、医療保険改革は当分の間アメリカのタブーとなるだろう。オバマ大統領は瀬戸際に立たされている。この問題の処理に失敗すれば、一気に求心力を失い、政治家として自滅しかねない。
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