乳母の計らいで二人きりになれたロメオとジュリエットは、甘美な初夜を明かした後、朝を迎える。それは普通の朝ではない。朝日はいまや犯罪人になったロメオにとって、衆目に姿をさらすことを意味し、それは自身の死につながることを意味する。生きながらえるためには、ふたたび闇の世界へと逃げ去らねばならない。
ところがジュリエットのほうは、後朝の余韻に浸ったままだ。昨夜からの甘美な時間を、このまま生き続けたい。彼女にとって、朝の到来を告げるひばりの声も、夜鳴き鳥の声に聞こえる。だから安心してこのまま留まって欲しいとロメオに懇願する。この場面はバルコニーの場面と並び、メロドラマとしてのこの劇の、もっとも優れたシーンだといえる。
ジュリエット:もういってしまうの まだ朝にはならないわ
啼いているのはナイチンゲール ひばりではないわ
あなたの臆病な耳をつらぬく声の主は
ああやって夜通しざくろの木で啼いてるの
わかって あなた あれはナイチンゲールの声よ
ロメオ:ひばりだよ 朝をもたらす使者だ
ナイチンゲールじゃない ほら東の空をごらん
雲が朝日を浴びて輝き始めた
夜を照らす蝋燭は燃え尽き 明るい太陽が
あの山の頂に爪先立てて上ってくる
もういかなければ このまま留まれば死ぬことになる
JULIET:Wilt thou be gone? it is not yet near day:
It was the nightingale, and not the lark,
That pierced the fearful hollow of thine ear;
Nightly she sings on yon pomegranate-tree:
Believe me, love, it was the nightingale.
ROMEO:It was the lark, the herald of the morn,
No nightingale: look, love, what envious streaks
Do lace the severing clouds in yonder east:
Night's candles are burnt out, and jocund day
Stands tiptoe on the misty mountain tops.
I must be gone and live, or stay and die.
ナイチンゲールは夜に鳴く鳥だ。その鳥がざくろの木の上で鳴いているのだとジュリエットは言う。ざくろの実は熟すると割れて、傷口を開いたように見える。そんなところから、キリストの受難の象徴とも見られてきた。
この部分では、後朝の甘美さよりも、死のイメージが強いことに、読者も気づかれるだろう。結ばれたばかりの恋人が、なぜこんなにも死にこだわらねばならぬのか。
この劇は、このシーンを境に、主人公たちが急速に死に向かって突き進んでいくのである。後半は二人の恋人たちの美しい死が最大のテーマになる。その端緒をシェイクスピアは、二人の恍惚感とともに押し出している。ここでも肉の結びつきからもたらされる恍惚は、死と深く結びついているのである。生というものは死を懐胎しているのだと、いっているようである。
ジュリエット:あの光は太陽の光じゃないわ 安心して
だからまだここにいて 行ってしまわないで
ロメオ:それならつかまって 死んでもいい
きみがそう望むなら 異存はないよ
あの灰色の空は朝日の目ではなく
月の女神の額が反射してるんだと思おう
あの声、頭上はるかに飛び回り
にぎやかに鳴いている声もひばりではないといおう
このままいってしまうのではなく しばし留まろう
その結果が死だとしてもかまわない ジュリエットが望むなら
さあ我が心よ語らうがよい まだ夜は明けていないのだから
JULIET:Yon light is not day-light, I know it, I:
Therefore stay yet; thou need'st not to be gone.
ROMEO:Let me be ta'en, let me be put to death;
I am content, so thou wilt have it so.
I'll say yon grey is not the morning's eye,
'Tis but the pale reflex of Cynthia's brow;
Nor that is not the lark, whose notes do beat
The vaulty heaven so high above our heads:
I have more care to stay than will to go:
Come, death, and welcome! Juliet wills it so.
How is't, my soul? let's talk; it is not day.
ジュリエットの懇願に対して、ロメオは死を受け入れてでも、ジュリエットとの甘美な時間を大事にしようと決意する。ひばりの声がナイチンゲールの声に聞こえてもよい。永遠の死の代わりに、一瞬の逸楽が得られるならば。
だが現実に立ち戻ったジュリエットは、一転してロメオに逃げるように懇願する。
ジュリエット:いえいえ やはり朝だわ 早く行って頂戴
調子はずれなあの声はひばりの声なのよ
さあいって ますます明るくなっていくわ
ロメオ:空が明るくなればなるほど ぼくらの心の中は暗くなる
JULIET:It is, it is: hie hence, be gone, away!
It is the lark that sings so out of tune,
O, now be gone; more light and light it grows.
ROMEO:More light and light; more dark and dark our woes!
調子はずれなひばりの声が、何もかもを混乱させてしまう。ぐずぐずしていると、本当に死に飲み込まれてしまう。いまやジュリエットは、さめた意識で自分たちの境遇を見つめないではいられないのだ。
だが二人が恐れた死の影は、遅からず二人の身に覆い重なってくることになろう。
関連サイト: シェイクスピア劇のハイライト
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