先日の朝日新聞が一面トップで、脱北女性の数奇な境遇についてレポートしていた。深刻な食糧不足に苦しむ北朝鮮から、中国へと流れていく女性たちが、中国国内で人身売買の対象になっていることを伝えるものだ。
彼女らは命をかけて国境の川を越え、身ひとつのまま、妻としてあるいは性的奴隷として中国人に売られていく。その値は一人当たり数千人民元、日本円にすれば数万円にすぎない。人間についても、特殊な事情の下では売買の市場が成立するらしく、彼女らを中国人に斡旋する闇ルートが大規模に成立しているという。
脱北女性がそんな安い金で自分を売るのは、北朝鮮では生きていけないという切羽詰った事情があるからだ。米はおろか、腹を満たすに足るものも食えない。それでも金正日政権は、人民から過酷な収奪をやめない。たとえ性的な奴隷に落ちても、毎日食べられるほうがましだ、そんな思いから自分を身売りする女性があとを絶たないというのだ。
朝日新聞が取材したある北朝鮮女性は、両親を失って一人で農業を行っていたが、暮らし向きはどん底だった、いつもひもじい思いをしているところに、昨年の春以降国民に過酷な労働を課す「150日戦闘」が始まって、休む暇もなく働き尽くめだった。このままではどうなることやらと、絶望しているところに、見知らぬ女から声をかけられ、中国へ脱出することを決心した。中国にいけば、少なくともひもじい思いをしないでもすむだろうと期待したからだ。
決死の思いで国境の豆満江を渡り、中国側につくと、すぐさまどこかへつれていかれ、中国人の男と結婚させられた。だがこの女性は運がよかったほうだという。夫の中国人から普通の妻として扱ってもらっているからだ。
この女性の場合は例外的なケースらしい。脱北者の人権を擁護する団体によれば、脱北女性の多くは売春婦など性的奴隷として売られているというのだ。
韓国の作家鄭道相さんはそうした不幸な女性たちを追跡して、小説にも描いているという。そしてそんな女性たちが中国の東北地方では、「朝鮮の豚」といわれ、さげすまれていることに心を痛めている。彼女らの多くは、人間としての尊厳を踏みにじられ、性的奴隷として、肉体的精神的な搾取を受けているというのだ。
女性たちはそんな境遇に対して、自分から脱したいという気力を持たない。北朝鮮に戻れば、もっと悲惨な現実が待っているからだ。
彼女らの存在は中国では公的に認知されていない。つまり建前上は存在すら許されていない。もし脱北者であると認定されれば、即座に北朝鮮に送り戻されてしまう。それ故彼女らは日々北朝鮮の地獄へ戻されることにおびえながら生きている。彼女らにとっては北朝鮮も地獄、中国も地獄なのだ。
脱北者の問題は最近になって始まったことではない。これまでも多くの人たちが北朝鮮を脱出し、中国を経由して世界各地に散らばってきた。だがその殆どは、政治的社会的理由に基づいたものだった。
ところが最近は、北朝鮮にいたのでは餓死するかもしれないという切羽詰った事情から、国を捨てる人々が増えてきているのだ。そんな弱い立場の人々が、貪欲な連中によって、金儲けの材料にされているわけなのである。
北朝鮮の人たちの置かれた悲惨な状況については、これまで余り知られていなかったように思う。毎年のように食糧不足が伝えられ、そのたびに餓死するものが膨大な数字になったなどと伝えられたことはあるが、数字としてはともかく、目にみえる形では、その悲惨さは伝わってこなかったというのが実態だろう。
だが国を捨てて、奴隷になってまでも生きて行きたいというひとびとが、眼にみえる形で現れるようになった。彼らは物言わずして、しかも雄弁に語っている人々である。
これは北朝鮮の政治的社会的な存在基盤がいよいよ末期的な段階に入ってきたことを物語る、黙示録的な出来事である。
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