貧困層向けの少額融資機関グラミン銀行(Grameen Bank)創設者でノーベル平和賞受賞者のムハマド・ユヌス(Muhammad Yunus)氏が、バングラデシュ中央銀行によって総裁職を解かれたそうだ。
解任の理由が振るっている。1999年におけるユヌス氏の総裁職就任が必要な手続きを踏んでおらず、無効だったというのだ。
グラミン銀行はいうまでもなくユヌス氏が創始したものであり、途中から政府の援助を得るようになったとはいえ、経営はユヌス氏が一貫して行ってきた。いまでも、ユヌス氏のもとで健全経営を続けているといわれている。それなのに、古い手続き問題を蒸し返して解任しようとする動きの背後には、バングラデシュの首相シェイク・ハシナ(Sheikh Hasina)女史の強い意向があると噂されている。
シェイク・ハシナ首相がユヌス氏を敵視していることは公然の秘密だ。ユヌス氏がノーベル平和賞を受賞した2006年、バングラデシュ人としての初めてのノーベル賞受賞を誰よりも祝福してよいはずのハシナ首相は、かえってそのことを怒ったという。ノーベル賞に最もふさわしいバングラデシュ人は自分自身だと思っていたからだ。
彼女はバングラデシュの建国の父といわれるラフマン元首相の娘として気位が高く、また1990年代の内戦に終止符を打ち、バングラデシュに平和をもたらしたのは自分だという強い誇りがあった。その誇りをノーベル賞に結び付けるべく、かなり露骨なロビー活動を行ったが、結局ノーベル賞をもらうことができなかった。そんな劣等感がユヌス氏への敵意に変わったというわけなのだ。
ユヌス氏がノーベル賞を受賞した直後から新しい政党作りに言及するようになると、ハシナ首相の敵意はさらに強まった。そんなところに、ユヌス氏をめぐるスキャンダルが起きた。
ノルウェー人ジャーナリストが、1990年代にユヌス氏がグラミン銀行の資金を使い込んだと報道したことを受け、ノルウェー政府がユヌス氏の調査を始めたのだ。
ハシナ首相はこれを攻撃の機会として利用した。ノルウェー政府の調査の結果ユヌス氏は潔白だと証明されたが、ハシナ首相はなおも攻撃の手を休めず、ついにグラミン銀行から追放する行為に打って出たというわけである。
女の嫉妬が怨念に変わり、それがノーベル賞を受賞した自国民の追放劇にまで発展したということだ。なんとも後味の悪いことだが、ユヌス氏自身は抵抗の姿勢を強めている。(写真は Economist から)
コメントする