インド北西部の都市ジャイプールで2006年以来開かれてきた文学祭は、今では世界中の文学者の注目を集めるまでに成長したようだが、今年はちょっとした波乱に見まわれた。イスラム教徒から目の仇にされているイギリスの小説家で「悪魔の詩」の作者サルマン・ルシュディーが、不可思議な脅迫を受けて、この催しへの参加をキャンセルしたのだ。そのいきさつを、インドの人気作家ルシール・ジョシがNewsweekに寄稿した文章の中で明らかにしている。Salman Rushdie's Contentious Absence at India's Jaipur Festival By Ruchir Joshi
ルシュディーは2007年にもこの文学祭に参加して、大いに喜ばれた。その時には一切を内緒にして、来る時も去る時も極秘裏に移動した。ところが今年は参加の意向を事前に公表してしまったのだ。
ルシュディーはいまでも、イスラム社会のお尋ね者である。ホメイニ師が彼に下した死刑判決は今でも有効である。その男が公然と大衆の面前に現れるとあっては、インドのイスラム社会も放ってはおけない。
彼らはとりあえず、ルシュディーにヴィザを出さないよう外務省に掛け合ったが、インドの法律ではそんなことができるはずもない。そこで一策を弄して、インド国内のあるイスラム団体が、ルシュディーの暗殺を計画しているというデモを飛ばした。このデモは、後になって根拠のない嘘だったことがわかったが、身の危険を察知したルシュディーは自発的に参加を取りやめた。
このことに抗議する気持ちもあって、ルシール・ジョシは文学祭の舞台の上で、ルシュディーの「悪魔の詩」の一節を読もうとした。すると主催者たちの意図的な騒音で遮られ、聴衆の耳に届かなかったばかりか、脅迫もうけた。主催者たちは、ジョシがインドの法律を犯し、そのことで逮捕される恐れがあるといったのだ。
文学祭の終わった翌日、ジョシはテレビ番組でイスラム指導者からの攻撃を浴びた。彼らはジョシに向かって、「ロンドンのトラファルガー広場に立って、ホロコーストは存在しなかったといってみろ、パリの通りに立って、アルメニア人の虐殺はなかったといってみろ」といった。
また別のイスラム指導者は、「イエス・キリストを侮辱してみろ。ルシュディーやお前がやっているのは、それに相当するイスラムへの侮辱なのだ」と言い放った。もしテレビを通じてなく、現実に面と向かいあっていたら、自分は身の危険を感じたことだろう、とジョシはいっている。
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