「この人を見よ」と題したボスの二枚目の絵は、トルネイの考証によれば、もっと大きな絵の一部だったらしい。他の部分がどのようなものだったが、今となってはまったくわからないが、残されたこの部分だけでも、それなりに完結した世界を描き出しているといえる。
前作では、石造の建物の土台の上に引き出されたキリストが描かれ、それを民衆が邪悪な目つきで眺めている構図が描かれていたが、ここでは、キリストはバルコニーのようなところでさらしものにされている。キリストの右にはピラトがいるが、前作のように邪悪な表情ではなく、とまどっているような表情をしている。しかしその手には鞭を持ち、キリストの両手を縛りあげている縄の一端を持っている。当のキリストは、頭に十字架のようなものをつけられ、弱弱しそうにうなだれるばかりだ。
バルコニーの上にも下にも大勢の人間が集まってきて、キリストを邪悪な目で見ている。彼らの多くが抱えている尖ったもの~槍や鉾や尖った枝など~は、キリストに加えられようとしている暴力を象徴しているかのようだ。
背後の壁に塗られている金色の絵具の層は、下塗りをそのまま利用したものだ。ボスの絵具の使い方の特徴は、まず薄い下塗りを全体に施し、その上から輪郭を描き、そこに絵具を重ねるというものだ。
また、人々の配置を上下二列にしているのは、この時代に流行したスタイルの一つだったようだ。
それにしても、キリストを眺める人々の表情は実に生き生きしている。彼らはキリストの処刑を予感して、宗教的な感情どころか、愉快な見世物を見にゆくような、わくわくした好奇心を爆発させているかのようだ。
(板に油彩、50×52センチ、フィラデルフィア美術館)
関連サイト:壺齋散人の美術批評