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チベットの暴動:中国政府が恐れるダライ・ラマの影


3月4日にチベットのラサで発生した暴動騒ぎは、初期の映像が外国人記者によって世界中に発信されたため、俄然注目を浴びた。チベットでは最近中国政府への不満が高まっていると、かねてより報じられていたので、この暴動はその現われかと、世界中の耳目をそばだたせたというわけである。暴動はチベットの内部にとどまらず、四川や甘粛など周辺部のチベット人居住地区にも飛び火したようだ。

だが第一報が衝撃的だった割に、その後の報道が全く途絶えてしまった。どんな擾乱で、どれほどの犠牲者が出たのかという、肝心な点もあきらかでない。これは中国政府がいち早く反応して厳重な報道管制を敷き、外国人ジャーナリストを現場から締め出したことの結果である。

今のところ中国政府は、犠牲者の数は10人以下だといっているのに対し、インドに拠点を置くダライ・ラマの亡命政府は、中国政府によって、100名以上のチベット人が虐殺されたと発表している。

中国政府はオリンピックを8月に控えた今、国内の民族間問題が起因して国のイメージが損なわれることに極度の神経を使っている。今回の事態についても、ダライ・ラマに率いられた反中国勢力が、オリンピックを人質にして、破壊活動を企んでいると激しく非難している。これに対してダライ・ラマは事態への関与を強く否定し、中国政府は実体のない影におびえているだけだと反論している。

チベットは中国にとっては、何かと火種になる存在だ。ここから大きな火が燃え上がって、世界中の関心を集めるようになると、国の威信にかかわる、ひいてはオリンピックにも悪い影響を及ぼすかもしれない。事実フランス政府は今回の暴動にいち早く反応し、中国政府の対応如何によっては、開会式をボイコットするとまで言い出した。だから中国政府は事態に蓋をするのに、躍起になっているわけだろう。

中国政府は自分たちを正当化するために、ダライ・ラマを悪者に仕立て上げ、今回はチベットの不穏勢力が引き起こした陰謀だと、声高に宣伝している。それは特に国民向けの宣伝に著しい。ダライ・ラマにそそのかされたチベット族の連中が暴動を起こし、チベット内に住む漢族を血祭りに上げたと、チベット人を一方的に悪者にしている。チベット人は中国の名誉ある構成員ではなく、たちの悪い厄介者のような扱いだ。その効果が現れているのか、北京市内では、一般民衆によるチベット人へのいやがらせが深刻化しているという。

国営テレビはあきらかに編集しなおしたと思われる映像を流し、今回の暴動においては、漢族は一方的な被害者だと宣伝していた。筆者などはその言い分を聞いて、天安門事件の際の中国政府の声明を思い出した。あの時も民衆に取り巻かれた戦車の映像を細工して、中国軍が暴徒たちによって一方的に侮辱されたなどといっていたものだ。実際は圧倒的な軍事力を用いて、数千の群集をなぎ倒していたのは中国軍のほうだったのである。

今のところ、外国のジャーナリズムは自分の目で真相を確認することが出来ない。だから判断の材料にも事欠くといった有様だ。

しかし少ない材料から推測しても、今回の暴動は従来と比べて、かなり質が違うという印象を与える。従来は殆どラサとその周辺に限られていたのが、今回はチベット内の農村地域や、それを越えて、中国内地のチベット人区域にまで広がりを見せているし、暴動の参加者も層の拡大を見せているようだ。

チベット事情に明るい人の見方によれば、今回の事態には二つの背景があるという。

一つはチベット人の間で広がる困窮化だ。これにはチベットの中国への同化政策に基づく、漢人の進出という事態がある。歴史的に見て、チベットはチベット人だけの国だった。そこへ漢人が大量に入り込み、中国流の経済システムや文化を持ち込んだ。伝統的な放牧地の多くが、住宅地や産業用地に変えられ、正業を失った人々が多くラサに集まってきた。しかし彼らには仕事がない。近代的な産業に従事できる仕事は、殆ど漢人が独占しているのだ。こんなわけで、チベット人たちには、漢人のおかげで困窮を余儀なくさせられていると感じるものが多くなった。

もう一つは仏教徒の政治勢力化だ。チベットは伝統的な仏教国だが、これまで政治的に先鋭化したことはあまりなかった。ところが最近東アジアの諸国では、仏教徒の政治活動が目立つようになってきており、チベットの仏教徒もその流れにそって政治的な動きを見せるようになってきた。これは先ほどの漢人の侵入と係わりを持っている。漢人が大量にやってきて、中国風の文化を持ち込んだおかげで、チベットの伝統文化が破壊の危機に瀕していると仏教徒が感じ始め、その不満が中国政府に向けられるようになったのだ。

チベット問題は、1950年代の動乱とダライ・ラマの亡命以来、いわば棚上げされてきたようなものだった。いつ燃え上がってもおかしくない火種を抱えている。中国政府がチベット問題を正しく解決するためには、ダライ・ラマとの対話をはじめ、チベット人の誇りと正面に向き合う姿勢がなければならない。

ところが今回の事態への中国政府の対応振りは、問題の糸を一層こんがらがったものにしてしまったのではないか。

(参考)China’s dangerous game By Melinda Liu


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