人間は男女が揃って始めて種として存続できる。どちらがいなくても子孫は残せない。当たり前のことだが、この当たり前がいつか実現することが確実なのだという。地球上から人間の男が消え、したがって人類そのものが消滅することは時間の問題だというのだ。この戦慄すべきことがらについて、NHKの科学番組が細かく解説していた。
動物の性差を決定づけるのは性染色体である。これにはよく知られるようにXとYとがあり、X-Xの組み合わせからは女が、X-Yの組み合わせからは男が生まれる。ところが人間の場合、このY染色体が、長い時間を通じて劣化の趨勢をたどり、このままではいづれ消滅する運命にあるという。
まず現状についてみると、X染色体には1000以上の遺伝子が含まれているのに、Y染色体には78しか存在しない。もともとは同じ数だったのに、次第に減少して現在の数になったのだ。
Y染色体は、父親からストレートに息子に伝わる。何百何千という連鎖を通じて、同一の染色体が代々受け継がれる。その過程でコピーミスが生じたり、打撃的影響を蒙ったりすると、染色体の中の遺伝子数が減少する。こうした過程を繰り返して、Y染色体は遺伝子の数を減らしてきたと考えられている。
一方女のほうは、母親と父親から一つずつX染色体を受け継ぐ。この一対の染色体は互いに代替可能で、一つが機能不全に陥るともう片方がそれを補う。性遺伝子としての機能は損なわれずに子孫に受け継がれていくわけである。
Y染色体が劣化しやすい運命を持っていることはよく分ったが、それは人間についてだけではあるまい。実際一部の爬虫類には、Y染色体が消滅した結果オスが生まれてこず、メスだけの力で子孫を作っているものもあるそうだ。
だが人間の場合には、男がいなくては子孫は作れない。哺乳類は胎盤の中で子を育てるが、その形成にはSRCという遺伝情報が働いている。それがY遺伝子の中だけに含まれているために、これをもつ精子の助けが無いと、女は自力で胎盤を形成できないのだ。
Y染色体が劣化する傾向は、他の哺乳類にも共通しているはずだ。だからそれらも人間と同じく、いづれは男がいなくなる運命にあるのだろうか。大局的にはそうだろうが、動物によっては他の方法で遺伝子劣化の影響を和らげている例もある。
たとえばチンパンジーは乱婚で知られているが、メスが同時に複数のオスと交わる結果、精子同士の競争が生じ、より強い遺伝子ばかりが生き残るようになっている。これは生殖力の強いオスを残し続けることによって、種全体としての存続に有利に働いている例といえる。
人間はそういうわけには行かない。人間は基本的には一夫一妻制だ。だから精子が劣化した男でも子孫を作れる。こうしたわけで、今日では男性の精子の劣化が大きな問題となってきているようだ。
ところで人間のY染色体が消滅し、この世から男が消え去るのはいつのことになるのだろうか。番組では、遅くとも600万年後だといっていた。その前に何らかの突然変異が生じ、消滅が早まる可能性もあるという。
600万年とは気の遠くなるような期間だ。人間が文明的な生き方を始めるようになってから、まだ1万年もたっていない。人間はせいぜい数千年の間に、今日につながるような文化を築いてきた。だからこの先に待っている600万年とは、想像することもできないような世界だ。
たとえ精子の劣化がくいとめられても、それだけの時間を今と同じ種として生き続けていけるのか、それも疑問のあるところだ。
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