シェイクスピアの歴史劇「ヘンリー四世」は、王子ヘンリーが即位してヘンリー五世となるところで終わる。それは次の歴史劇への橋渡しであるとともに、この劇を彩った道化フォールスタッフとの決別を意味する。
フォールスタッフは、ヘンリー五世の戴冠式を祝うためにやってくると、新しい王に呼びかける。フォールスタッフは、ヘンリー五世をあいかわらず昔の遊び仲間ハルとして思っており、自分の友人シャローたちに便宜を計らってもらおうという魂胆を抱いて王に近づくのだ。
だがそんなフォールスタッフを待っていたのは、王によるつめたい突き放しだった。
フォールスタッフ:やあハル ごきげんよう!
ヘンリー五世:大法官、あのばか者にいってやるがよい
大法官;おぬしは正気か どなたに向かって話しかけていると思うのだ?
フォールスタッフ;よお陛下、よお大将、わしはあんたに話してるんだ
ヘンリー五世;お前のことなど知らぬぞ 老人 お祈りでもしていろ
白髪頭のとんまな道化め!
かつてはお前のような奴を夢に見たことはある
ぶくぶくに膨れ上がった老いぼれの罰当たりをな
だが今から思えばろくでもない夢だった
とにかくもっと細くなれ もっと上品になれ
馬鹿食らいはやめろ お前を収めるには
通常の三倍の広さの墓がいるぞ
あさはかな理屈で口答えをするな
わしがもとのわしでないことを知るがよい
わしが以前のわしを捨てたことは
神もご存知だし 世間も知ることになろう(第五幕第五場)
FALSTAFF;God save thee, my sweet boy!
KING HENRY V;My lord chief-justice, speak to that vain man.
Lord Chief-Justice; Have you your wits? know you what 'tis to speak?
FALSTAFF;My king! my Jove! I speak to thee, my heart!
KING HENRY V;I know thee not, old man: fall to thy prayers;
How ill white hairs become a fool and jester!
I have long dream'd of such a kind of man,
So surfeit-swell'd, so old and so profane;
But, being awaked, I do despise my dream.
Make less thy body hence, and more thy grace;
Leave gormandizing; know the grave doth gape
For thee thrice wider than for other men.
Reply not to me with a fool-born jest:
Presume not that I am the thing I was;
For God doth know, so shall the world perceive,
That I have turn'd away my former self;
即位して王になったヘンリーにとって、フォールスタッフはもはや「老いぼれの罰当たり」にすぎない。かつてこの男を友にしたのは、世界を複眼的に捉え、正常と異常、日常と祝祭、聖なるものと俗なるもの、支配と被支配との境界を見定めるためであった。それはハルにとって、立派な王となるための通過儀礼のようなものでもあった。
だがいまや、ハルは通過儀礼を無事にこなして、立派な王となった。立派な王はもはや道化を必要としない、彼は自分の足で立ち、自分の知性で世界を解釈し、自分の判断で行動する。
こうしてフォールスタッフは、歴史の舞台から消え去るのだ。彼はもう一度、ヘンリー五世の歴史劇の中で出てくるが、それは噂話の材料としてだ。死にゆくフォールスタッフの鼻は、もはや脂ぎってはおらず、ペンのようにやせ細っていたと、同情されるような形で。(もっとも、「ウィンザーの陽気な女房」たちのなかで、意匠直しの喜劇役者として出てきはするが。)
関連サイト: シェイクスピア劇のハイライト
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