空騒ぎ Much Ado about Nothing は、シェイクスピアの中期を代表するロマンスコメディだ。二組のカップルが試練を乗り越えて結ばれるという内容の恋物語だが、ただの恋物語ではない。カップルのひとつは、男嫌いと女嫌いが舌戦を交わしながら互いに魅かれあい、もう一組は悪党の陰謀によって一旦は仲を裂かれながら、最後には誤解が解けてめでたく結ばれる。同じ恋物語でも、ちょっぴりスパイスがきいた物語なのだ。
題名の Much Ado about Nothing とは、「なんでもないことで大騒ぎする」という意味で、日本語では「空騒ぎ」と訳されることが通例だ。大騒ぎというのは、一方ではベネディクトとベアトリスとの間で交わされる言葉の戦争であり、一方ではドン・ジョンの陰謀によって文字通り大騒ぎが起こることでもある。またそもそも二組のカップルは、自分たちだけで結ばれたわけではなく、そこにはドン・ペドロによる縁結びの介入がある。これらすべてが大騒ぎの材料というわけだ。
この Nothing という言葉はただものの言葉ではない。エリザベス朝時代にあっては、この言葉は女性器を示すスラングとして用いられていた。これに対して男性器のほうは Something といった。このことを踏まえれば、この題名がいかに意味深長であるか、シェイクスピアの深い意図が伝わってくるというものだろう。
Nothing はまた Noting と同じように発音されることもあった。その場合には Observation と同じ意味になる。こう解釈すれば、「見所がたくさんある素敵な劇ですよ」あるいは「いろんな風に解釈できる複雑な劇ですよ」ということになる。
といっても筋自体はそんなに複雑ではない。メシーナに凱旋したアラゴン公ジョン・ペドロとそれを迎えたメシーナの知事レオナートの周辺で、公爵の従者クローディオがレオナートの娘ヒーローを見初め、一方ベネディックはレオナートの姪ベアトリスとの間で愉快な言葉遊びに耽る。物語はこの二組がいかにして結ばれるに到ったかを語るものである。二組の恋物語が平行して進んでいく点が他の物語とは多少違うといったところか。
二組の結婚が成立するについては、ドン・ペドロの縁結びとしての役割が大きな働きをする。クローディオとヒーローについては、ドン・ペドロ自身がクローディオに扮してヒーローから結婚の承諾を取り付け、ベネディックとベアトリスについては、愉快なトリックを用いて二人の心を結婚へと進ませる役割を果たすのだ。
シェイクスピアの時代にあっては、身分の高い人々の間での結婚は、必ずそれなりの人による媒酌を必要としていた。だからクローディオたちの恋には儀礼的な要素が介入する。そのためドン・ジョンのような悪党が姦計を用いて、二人の結婚を邪魔しようとするようなことも起きる。
一方ベネディックとベアトリスはそのような堅苦しさとは無縁だ。そのかわり互いの愛を確認しあうことが重要なファクターになる。ところが彼らはいづれも天邪鬼にできていて、素直に愛を確認しあうことができない。そこでジョン・ペドロの登場と相成るわけである。
この二組の男女のうち、劇を決定的に支配しているのはベネディックとベアトリスのほうだ。かれらは劇の最初で出会ったときから口争いをする。その口争いは「じゃじゃ馬馴らし」におけるカタリーナとペトルーチオの言い合いを思い出させる。実際当時の観客はこの劇を「じゃじゃ馬馴らし」の姉妹編としてみていたようなのだ。
だがカタリーナがすぐにペトルーチオに屈服(少なくとも表面上は)したのとは異なり、ベアトリスは最後まで屈服しない。カタリーナが父親の意思に従属しているのに対して、彼女は独立した女なのだ。しかもカタリーナをものにしたペトルーチオは最初は金が目的だったのに、ベネディックは、ドン・ペドロにまんまと乗せられたという側面は否定できないにしても、純粋な気持ちからベアトリスとの結婚を考えるのだ。ベアトリスもまた、ベネデッィクという男を十分に理解したうえで、彼との結婚を受け入れるのである。
この劇の中でのベネディックとベアトリスは、自立した人間として自分の意思で結婚する。だから彼らの言葉や振る舞いは颯爽としている。それに対してクローディオのほうは、回り道をすることによってしかヒーローと結ばれることができない。
ドン・ペドロがクローディオに代わってヒーローを口説きにかかるとき、クローディオはドン・ジョンの讒言を信じて、恩人であるべきはずのドン・ペドロを疑う。やっと婚約が成立すると、今度もドン・ジョンのでっち上げた狂言芝居にだまされ、結婚式の席上花嫁のヒーローを辱める。役柄としてはまことに頼りない人物像になっている。ヒーローのほうもベアトリスに比べれば強い意思にかけた無邪気な女性として描かれている。
だが二組のカップルがこのように対照的なことで、劇としてはそれだけ変化がついたものとなる。とくにヒーローがクローディオから致命的な侮辱を受ける場面は、展開によっては悲劇になりかねない要素を持つところだ。そこをシェイクスピアはうまくひねって、悲劇的な要素を喜劇にとってのスパイスにしてしまう。
ともあれ最後は二組ともめでたく結ばれる。その過程で観客をはらはらさせるような要素があるおかげで、ハッピーエンドもその分盛り上がるというわけなのである。
関連サイト: シェイクスピア劇のハイライト
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