ユニークな作風と活発な活動振りで知られた作家井上ひさしが死んだ、享年75。
「吉里吉里人」に代表されるユーモアにとんだ作品は、日本文学を笑いという側面から豊かにした。正統な日本文学といわれるものが、とかく笑いの精神に乏しかったところへ、笑いを正面から取り上げて、人間の生き方は多様なのだし、また多様でなければいけないと、多くの読者に気づかせてくれた。その意味では、日本の文学史上、長く記憶されるに価する作家といってよい。
ところが筆者のようなものには、井上ひさしといえば、むしろテレビ人形劇「ひょっこりひょうたん島」のほうが、親近感がある。NHKでこの番組が放送されたのは1964年から69年にかけてであり、筆者はすでに子どもではなくなっていたが、毎日のようにテレビ尾画面に釘付けになっていたことを思い出す。
井上ひさしはこの番組を山元護久と共同で作ったというが、骨格は彼が作っていたらしい。愉快なキャラクターの会話の中で展開される笑いの世界が、子どもは無論大人たちをもひきつけた。彼の笑いの文学の原点は、この人形劇のなかにあったといえそうだ。
だが井上が書いた脚本は、その場限りでお役払いとなり、今は残されていない。放送された劇そのものも残っていないのだ。当時はフィルムが高価だったため、放送が終わると中身は消去され、繰り返し使用されたからだという。
こういうわけで、この人形劇のオリジナルは、実際テレビで見た人々の頭の中にしか残っていない。筆者の頭の中もそのひとつというわけだ。
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