NEWSWEEK 最新号にニアール・ファーガソン(Niall Ferguson)が一文を寄せている。「豊かなアメリカ、貧しいアメリカ」(Rich America, Poor America)と題し、今日のアメリカが極端な格差社会になってしまった状況と、それへの処方箋の可能性について論じたものだ。
氏はまず1970年代以降における、アメリカ人の階層別の所得の動向について一瞥を加える。この期間における平均的なアメリカ人の(インフレの影響を差し引いた)実質所得はほぼ横ばいなのに対して、4分の1にあたる低所得層は所得がさらに顕著に減少し、トップ1パーセントといわれる高所得層はほぼ倍増、トップ0.01パーセントに関して言えば7倍に増加したという事実がある。
高額所得層の所得が輪をかけて増加したのは、レーガン政権による規制緩和と所得税減税の効果によるものだ。一方でレーガン政権は、ニューディールとグレートソサエティ政策の落し子と云えるさまざまな社会保障プランを廃止ないし縮減した。
その結果アメリカ社会には階層間の格差が深まり、いまや豊かなアメリカと貧しいアメリカという、二つの異なったアメリカが共存するかのような社会になってしまった、と氏はいう。
そこで氏は、ハーヴァード大学での教え子であったチャールズ・マレー(Charles Murray)の近著「分断」(Coming Apart)を紹介する形で、格差社会の病理とそれへの処方箋の可能性について言及している。
マレーは、富裕層が多く住む地区と貧困な地区とを比較しながら、格差の進行がアメリカ社会の伝統的な価値観を掘り崩していると立論している。
富裕な人々は互いに結び合いながら、頭の良い親から頭のよい子供を再生産できている。彼らは似たもの同士でコミュニティを築き上げ、その内部で純粋培養的な暮らしをしている。
一方貧困な地域には貧乏人ばかりが集まるようになる。そこでは、失業した人々が互いに孤立した暮しをし、子どもたちは貧困・絶望と共存しながら暮らさざるを得ない。彼らが高等教育を受ける機会は限りなくゼロに近い。こうした社会がアメリカの未来にとって問題なのは、これらがアメリカの伝統的な価値観とますます離れていくからだ。
その価値観とは、家族、仕事、地域社会、信仰である。あのレーガンをも感動させたテレビ映画「大平原の小さな家」で繰り広げられていた、人間同士を結び付けるよき古き良きアメリカの伝統そのものだ。
ところが今のアメリカの典型的な貧困地域では、家族が解体し、仕事は失われ、地域社会は崩壊し、信仰は揺らいでいる。マレーはこう言って、それがアメリカにとって大きな危機を意味しているのだと訴える。
これに対してマレーが用意している処方箋は、どうも効果的ではないようだ。彼は、具体的な政治経済的効果を伴う処方箋を用意する代わりに、伝統的なアメリカの価値観に帰ろうと、国民全体に呼びかけるだけなのだ。
マレーがもっとも呼びかけたいと思っているのは、共和党の大統領候補たちのようだ。マレーはもともと政治的には右の姿勢を取ってきた。そこで共和党の候補者に、今のアメリカが抱えている現実に目を向けさせ、その問題の解決に取り組んでもらいたいと考えたわけなのだろう。
だがいまのところ共和党の候補者たちは、格差の問題についてはひとことも言及していない。相変わらず小さな政府と減税、それに非科学的な妄念を叫んでいるだけだ。
そこで弟子のマレーに代って先生のファーガソンが、0.01パーセントの一員であるロムニーより、北欧型福祉社会を目指しているフシのあるオバマに期待しよう、といっているわけなのだろう。(写真もNEWSWEEKから)
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