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無届老人ホーム「たまゆら」の悲劇:老いて行き場のない人たち


先日群馬県内にある無届老人ホーム「たまゆら」から出火し、入所者16人のうち10人が焼死するという痛ましい事件が起きた。こんなにも多くの入所者が死んだのは、建物のほとんどの扉に鍵がかけられており、入所者たちが外へ脱出できなかったのが原因だろうと見られている。

この事件をめぐっては当然のとこながら、今日における無届老人ホームのあり方やら、その管理体制の問題点などか、例のとおりかまびすしく論じられた。

普通だったら、こんなにも多くの死者を出した痛ましい事件だけに、施設の管理者の責任が厳しく追及され、今後このようなことが二度と起こらぬよう、無責任な施設運営のあり方が糾弾されたところだ。ところが今回のこの事件については、なぜかそうした厳しい批判の声は起こらなかった。

それはなぜか。今日の日本の老人介護のシステムが、誰が見ても十分とはいえないからだ。

今日「たまゆら」のような施設は一種の必要悪として、システムの不全を補っているのだと、介護行政の当事者をはじめ、誰もがそう思っている。それが今回のような事故を起こしたからといって、一方的にその責任を追及し、その結果「たまゆら」とそれに似た施設の存在そのものすら許されなくしてしまうのは、社会の実態からして無理があると、誰もが思っている。だから日ごろうるさい批評家たちにも、声高に糾弾したいとする気持ちを憚らせているのだろう。

NHKの取材によれば、今回の事故で犠牲になった人の多くは、東京墨田区の福祉事務所によって斡旋入所したものが多かったという。そこでNHKが墨田区の担当者に事情を聞いたところ、次のような事情が浮かび上がった。

この事故で死んだある高齢の女性の場合、老後配偶者を失って後、所得が低い中でマンションの家賃も滞りがちになり、生活保護を受けるようになったが、そのうちに認知症の症状がひどくなって、深夜徘徊を繰り返すようになった。近所の住民から相談を持ちかけられた福祉事務所は、この女性を一人で放っておくのはできないと判断したが、面倒を見てくれる施設の受け入れ先は、簡単には見つからない。

何しろ普通に生活している人々にとっても、特別養護老人ホームに入るのは至難の技だ。気の遠くなるほどの待機者がいて、果たして生きている間に入所できるかどうかもわからないという事態が普遍化している。そうした中で低所得者、それも生活保護の受給者が入れる施設など、そう簡単にはみつからない。

そこで「たまゆら」のような施設は、福祉事務所の担当者にとっても、当の老人たちにとっても、ありがたい施設として機能している実態があるという。

NHKの取材に答えた東京各区の福祉事務所の担当者たちは、「たまゆら」のような施設をありがたい存在だといっていた。生活保護費から捻出できる金額は、月10万円にも満たない。これでは到底きちんとした施設には入れない。ところが「たまゆら」のような無届施設は、10万円以下で受け入れてくれる。

そのかわりに、施設の有様は、正式な施設に比べ、さまざまな面で見劣りするのは否めない。行政の担当者はそんなことをわかっていながら、老人を放置するよりも、少しでも面倒をみてくれるこうした施設に頼らざるを得ない実態がある。

「たまゆら」のような無届老人ホームは、いまや全国に580施設あり、そのうちの200以上はこの2年間にできたという。膨れ上がる入所需要に対して、正規な老人ホームの整備が追いついていないために、このような現象が生じているのである。

こうした施設の多くは、管理者の善意に基づいて運営されていると思いたい。「たまゆら」の管理者も、テレビ画面で見る限りでは、今回の事故に対して自分の責任を痛感しているといっており、また扉に鍵をかけていたことは、老人の徘徊を防止するためだったとはいえ、適切でなかったと認めている。

まあ、この人はこの人なりに、善意に基づいて老人施設を運営していた側面もあったのだろうと、思いたい。だが善意だけでは十分な介護はできない。だから今回のような事態につながったのだろうと、いえなくもない。

老人介護に金のかかることはよくわかる。だからといって、いつまでもこのままで放置していいとはいえない。介護行政の当局には、もう少し汗を流してもらいたい。

ともあれ今回の事態に接して、筆者は何ともやるせない気分にとらわれた次第だ。


関連リンク:日本の政治と社会






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