メイン

日本語を語る



Page :  1 | 2 |All pages

2006年10月 1日

駒のいななきについて

古代国語の音韻研究で知られる橋本進吉博士の小論に「駒のいななきについて」と題する一篇がある。現代の日本人が、馬のいななく声を「ヒイン」と聞き分け、かつそのように表記するのに対して、古代の日本人がそれを「イイン」と表記していたことをとりあげ、現代日本語において「は」行に相当する音が、古代の日本語には存在していなかったことを論証したものである。

続きを読む "駒のいななきについて" »

「ハ」と「ワ」―馬鹿の語源

歴史的仮名遣いが廃されて現行の仮名遣いに改められて以来、音の表記や送りがなのたぐいは、話し言葉とほとんど変わりのないものとなった。「どぜう」あるいは「どぢゃう」は「どじょう」となり、「たふれる」は「たおれる」となった。そんな中で、「は」行に属する「「は」と「へ」のみは、昔のままに使われ続けている。

続きを読む "「ハ」と「ワ」―馬鹿の語源" »

日本語の音韻の変遷について

実証的な国語学者橋本進吉博士による、古代国語の音韻研究は、日本語の音韻研究の基礎をなす重要な業績である。その学説の概要は、岩波文庫「古代国語の音韻について」の中にコンパクトに収められているので、是非一読してほしい。ここでは、博士の説に依拠しながら、日本語の音韻の変遷について、考えてみたい。

続きを読む "日本語の音韻の変遷について" »

2006年10月 2日

古代国語の音韻について

日本語の音韻研究のなかで最も画期的な発見は、古代少なくとも奈良時代初期における音韻は現代よりも数が多かったというものである。現代日本語における音韻は、50音表に分類されているとおり、5つの母音と9つの子音を組み合わせたもので、その数45(「ん」を加えると46)となり、これに濁音を加えると66とおりとなるが、奈良時代初期にはそれが87とおりあったというのである。

続きを読む "古代国語の音韻について" »

2006年10月 3日

日本語の「ん」は実にユニークな音である。発声上は鼻音の一種であり、口蓋の奥で発した音を鼻から抜けさせるようにして発音する。同様の鼻音は英語やフランス語などのヨーロッパ言語や、中国語などにも存在するが、日本語のユニークなところは、「ん」を独立した一つの音としても使うことにある。

続きを読む "ん" »

2006年10月 4日

清音と濁音

日本語には、50音表に分類整理されるように、9種類の子音に対応する9組の清音があるほか、4組20個の濁音がある。「が」行、「ざ」行、「だ」行、「ば」行の音である。唇音の「ば」行が今日口蓋音として分類されている「は」行の濁音とされるのには、「は」行がかつては唇音であったという歴史的な事情がある。このほか「は」行の半濁音として、「ぱ」行があり、また今日東京言葉に残っている「が」の鼻音ngaが、やはり半濁音として分類されることもある。

続きを読む "清音と濁音" »

2006年10月 5日

日本語の母音

日本語には、「あいうえお」の5種の母音がある。これを世界の諸言語に比較して、その数が多い方なのか少ない方なのか、筆者にはあまり大した知識の裏付けがない。少なくとも、ローマ字のアルファベットにおいては、母音を表す文字は、a e i o u の5種であり、その限りでは、日本語において母音を表す文字の数と異ならない。

続きを読む "日本語の母音" »

2006年10月 7日

母音の色(ランボーの詩に寄せて)

フランスが生んだ天才詩人アルチュール・ランボーの詩に、「母音」と題するソネットがある。ひとつひとつの母音にそれぞれ色をつけてみて、音と色の織りなすイメージを言葉に表現したものである。短い作品なので、拙い日本語訳をお目にかけながら、そのイメージの程を読み解いてみよう。

続きを読む "母音の色(ランボーの詩に寄せて)" »

2006年10月10日

日本語の子音

日本語における子音は、50音表に分類されている通り、9種の清音、4種の濁音、1種の半濁音、合わせて14種である。子音の分類には様々な方法があるが、これを調音の部位によって分類すると、「か」行、「が」行、「は」行は口蓋音、「さ」行、「ざ」行、「た」行、「だ」行、「な」行は歯茎音、「ま」行、「ぱ」行、「ば」行、「わ」行は唇音、「ら」行は舌音に分類できる。「や」行の音は、軽く舌を使うとはいえ、母音の発声に近く、一律に分類することがむつかしい。

続きを読む "日本語の子音" »

2006年10月11日

らりるれろ(呂律が廻らぬ)

「ら」行の音を、現代の大方の日本人は、舌を上の歯茎にこすりつけるようにして発音しているにちがいない。なかには、「べらんめー言葉」といって、巻き舌で発音する仕方もあるようだが、この場合にも、「ら」についてはあるが、「る」や「れ」や「ろ」を巻き舌で発音する人は多くないと思う。それも東京言葉など、限られた地域の言葉でのみ見られるものだと思う。

続きを読む "らりるれろ(呂律が廻らぬ)" »

2006年10月12日

拗音(曲がった音)

「きゃ、きゅ、きょ」や「しゃ、しゅ、しょ」などの音を拗音という。これは、子音と母音との間に、i の要素が加わり、kia (kya)というようにして一気に発音される音である。i の音は、舌を口蓋に向かって盛り上がらせるようにして発音するものであることから、標準的な発声学では、拗音のことを口蓋化音といっている。

続きを読む "拗音(曲がった音)" »

2006年10月13日

長音(チョーかわゆい音)

長音とは、母音を長く伸ばして発する音をいう。現代の若者たちの間では、「チョーかわゆい」とか「うれピー」とかいった類の言葉が氾濫しているが、これらは皆長音である。ここで論じている「長音」という言葉も、表記上は「ちょうおん」と記すが、実態としては「ちょーおん」と発音する人が殆どであり、やはり言葉が長音化している一例である。

続きを読む "長音(チョーかわゆい音)" »

2006年10月16日

促音(つっぱった言い方)

促音とは、「つっぱり」とか「あっさり」とかいうように、つまった或はつっぱった音のことをさしていう。言語符号としては、「つ」を小さくした「っ」を用いてあらわす。現代の日本語においては、長音と並んで若者たちの受けがよく、「やっちゃった」とか「ぶっとばすぞ」という具合に、極く気軽に使われる。また、「ぎょっ」とか、「はっはっ」という具合に、促音を単独に用いて、ことさらな効果を狙う使い方も横行している。

続きを読む "促音(つっぱった言い方)" »

2006年10月17日

音便

日本語の表現を絶えず変化させている原動力として「音便」という作用がある。今日の口語を、昔の日本語と比較すると、形容詞や動詞などの活用に著しい相違を認めるのであるが、これらはほとんど音便作用の結果なのである。卑近な例で言えば、かつての「小さき」は「ちいさい」となり、さらに「ちっちゃい」というふうに変化している。また、「ござります」は「ございます」となり、「ござんす」という表現まで生むに至った。このような変化は、名詞においても見られる。(たとえば「朔日」は「つきたち」から「ついたち」へと)

続きを読む "音便" »

2006年10月18日

「ぢ」と「じ」、「づ」と「ず」

「だ」行の音のうち、「ぢ」と「づ」については、今日の日本語では、それぞれ「ざ」行の「じ」あるいは「ず」と全く異ならない音となった。それでも、残されているのは、「千々に」(ちぢに)や「続く」(つづく)のように、連濁によって後の音が濁音に変わるような場合に、「じ」や「ず」では都合が悪かろうという、表記上の配慮からと思われる節がある。それ以外では、「まづ」、「いづれ」、「ぢめん」といった言葉は、「まず」、「いずれ」、「じめん」という風に、おおかた「ざ」行の文字をもってあてるようになってしまった。わずかに、薬屋の垂幕に「ぢ」という文字を見かけるのは、客の目を引くための愛嬌かもしれない。

続きを読む "「ぢ」と「じ」、「づ」と「ず」" »

2006年10月20日

「である」と「だ」(日本語の骨格)

現代日本語における文章語の標準的な形である「である」体および「だ」体は、明治の言文一致運動の中で確立された表現様式である。それまで、日本語の文章言葉としては、平安時代に確立された、「なり」、「たり」を基調とする古文と、漢文の訓読を基礎とする漢字書き下し文が中心であり、そのほかに「候文」が手紙の中で用いられてきた。これらの言葉は文語と称されて、日常の言葉である口語と対立してきたのであったが、両者の乖離があまりにも深まり、もはや文語をもってしては、微妙な表現がなしがたいという反省の上に立って、文学者たちによる意識的な努力の結果確立されたものだったのである。今日では、日本語による文章表現の基本となっており、いわば日本語の背骨ともいうべきものだ。

続きを読む "「である」と「だ」(日本語の骨格)" »

2006年10月23日

「です」と「ます」(丁寧語の変遷)

「ですます」調といわれるように、「です」と「ます」は、今日の日本語において、丁寧語の代表格とされるものである。文章語に始めて「ですます」を採用したのは、言文一致運動の先駆者山田美妙で、明治19年の小説作品「嘲戒小説天狗」においてであった。だが、「ですます」調はなかなか文章語の主流にならず、「である」体や「だ」体に押されてきた。近年はその表現の自然さが再評価され、文章語の中でも盛んに用いられるようになった。

続きを読む "「です」と「ます」(丁寧語の変遷)" »

2006年10月24日

日本語と朝鮮語:日本語の起源

日本語はどこからきたか? 日本人の起源とともに、日本語の起源もまた、学者たちはもとより多くの人々の関心の的となってきた。日本人の祖先については、人類学的な研究や神話などの文化に関わる研究を通じて、単一の民族から成りたったのではなく、南方系と北方系の混交によって生じたとする説が有力である。その混交の過程についても、ある程度解明が進みつつあるようだ。一方、日本語の起源については、諸説紛々として、いまだに議論が整理されていない。

続きを読む "日本語と朝鮮語:日本語の起源" »

2006年10月25日

「うお」と「さかな」

現代日本語においては、魚類の生き物をさして、「うお」ともいい、「さかな」ともいう。どちらかというと、「さかな」という人のほうが多いのではないか。年代の若い人ほど「さかな」というはずである。ところが、この「さかな」という言葉の語源をたどってみると、もともとは魚類の生き物のみをさしていった言葉ではない。酒を飲む際に食す惣菜「酒の菜」つまり「酒のつまみ」を「さかな」といったのが、いつの間にか、つまみの代表格であった魚類の生き物に特化して用いられるに至ったものなのである。

続きを読む "「うお」と「さかな」" »

2006年10月27日

早口言葉(トーキョー トトッキョキョ)

先稿「らりるれろ」の中で、酒を飲んで口舌に異常を来すと、呂律が回らなくなることについて述べた。しかし人は、別に酒を飲んでいなくとも、舌がうまく回らないことがままある。たとえば今話題の「骨粗鬆症」という言葉など、どんな場合においてもすらすらといえる人は少ないのではないか。言葉によっては、発音の難しいものはいくらもあり、時に人をして赤面させるのである。

続きを読む "早口言葉(トーキョー トトッキョキョ)" »

Page :  1 | 2 |All pages



ブログ作者: 壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2006