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「うお」と「さかな」


現代日本語においては、魚類の生き物をさして、「うお」ともいい、「さかな」ともいう。どちらかというと、「さかな」という人のほうが多いのではないか。年代の若い人ほど「さかな」というはずである。ところが、この「さかな」という言葉の語源をたどってみると、もともとは魚類の生き物のみをさしていった言葉ではない。酒を飲む際に食す惣菜「酒の菜」つまり「酒のつまみ」を「さかな」といったのが、いつの間にか、つまみの代表格であった魚類の生き物に特化して用いられるに至ったものなのである。

古代の日本人は、魚類を総称して「いを」といった、これが転じて「うを」となるのだが、「を」の音が「お」と変わらぬようになって以降は、「うお」と発音するようになった。ところが、日本人には、母音が連続する音は耳障りに聞こえる習性があるので、「うお」という言葉はすわりの悪いものとなり、かわって「さかな」が用いられるようになったのである。

昔の日本人は、現代人ほど多くの酒は飲まなかったようだ。一般に、日本人は西洋人に比べアルコールの分解能力が低いといわれ、したがって、体質的に大量の酒を飲めるようにはできていない。これは、長い間の日本人と酒との付き合い方が、遺伝子のなかにも影響を及ぼしたからかもしれない。今日酒飲みといわれる日本人も、その飲む量はロシア人などの比較にならず、幸いなことに、重篤なアルコール中毒患者も少ない。

昔の日本人が酒を飲んだのは、主に、季節の節々に行われる祭礼や行事の際であった。祭礼は先祖の霊や土地の神に結びついたもので、ひとびとは、祖霊や神の来臨のもとに宴を催し、酒を回し飲みした。現代の日本人のように、手酌で酒を飲み続けるということは、なかったのである。

「さけ」という言葉自体、古代の宴と結びついている。「さけ」の「け」は古代語で「食物」をさし、それに接頭語の「さ」が結びついてできたとする説もある。一方、「うたげ」が「うた」と「け」からなることは、いうまでもない。(ちなみに、神話に登場する「オホゲツヒメ」は、大いなる食物の女神という意味である。)

ところで、酒に添えられた「さかな」については、野菜あり、汁あり、魚ありで、およそどんな食べ物も「さかな」になった。それを魚類の生き物が代表するようになるのは、日本人の食生活を考えた場合、しごく自然なことといえる。

「さかな」を、もっぱら魚類をさしていうようになるのは、徳川時代以降のことらしい。徳川時代には、「わ」行の音について、唇を用いることがほとんどなくなり、「を」が「お」と異ならない音となった、それで、先ほど述べたような事情から、「うお」という言葉が避けられるようになり、魚を「さかな」というようになったのである。

(※「うめ」、「うま」が漢語起源の言葉であることは、今日ほぼ定説となっているが、「いを」もまた、漢語の「魚」とどこかで縁があるのではないかと、筆者は勝手ながら思うことがある)


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