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日本語の母音


日本語には、「あいうえお」の5種の母音がある。これを世界の諸言語に比較して、その数が多い方なのか少ない方なのか、筆者にはあまり大した知識の裏付けがない。少なくとも、ローマ字のアルファベットにおいては、母音を表す文字は、a e i o u の5種であり、その限りでは、日本語において母音を表す文字の数と異ならない。

だが、英語においては、同じく a と書いても、日本語の「あ」と同様に聞こえる音のほかに、3種類の音があり、それぞれ発音記号の上では明確に区別されている。また、 o についても2種類の発音が認められている。ドイツ語にはウムラウトという母音の変形の音があるし、フランス語には鼻母音というものがある。

ロシア語はさらに複雑な様相を呈していて、АЭЫОУ(a, e, ui, o, u) という母音の系列のほかに、もう一つЯЕИЁЮ (ya, ye, yi, yo, yu) という系列の母音を有しており、それぞれ硬母音、軟母音として区別している。日常の言葉で多用されるのは、軟母音の方である。(Я люблю тебя「ヤー・リュブリュ・チェビャ=I love you=余ハ汝ヲ愛ス」の如し)

こうしてみると、日本語の母音の体系は至極あっさりとした姿に映る。そして、少なくとも、中世以後そのあり方は変わっていないと見ることができる。しかし、奈良時代以前においては、母音の数は現代よりも多かったのではないかという憶測もなされている。それは、万葉仮名において、「か」行を表す文字が8種類 (8列分) あったことなどに基づく推論であるが、その詳細はいまだ明らかにされてはいない。

ところで、母音の用法にも、言語による違いが認められる。英語やドイツ語などゲルマン系言語においては、母音のみで発音される音は原則として語頭にのみ現れ、語の途中や語尾に現れることはない。フランス語においては、Maria, Pierre のように、語尾や語中に母音が現れることはあるが、例外といえるくらい少数である。

これに対して、日本語においては、母音が語尾や語中に現れることはもちろん、「あえる」や「うお」のように、母音同士が連続して使われることもある。しかし、これは中世以後に現れた用法で、日本語においても、古代には母音が語頭以外に現れるのは、ごく少数の例外にすぎなかった。

「うお」のように、母音が連続して発音されるのは、ひとつひとつの音韻に高い独立性をみようとする、日本語の伝統に基づくものではないかとする憶測も成り立つ。ただ、現代日本の言葉においては、一方で長音化現象というものが進んでおり、母音が連続する言葉については、一つの母音を長くのばして発音するようになりつつある。そのうちに、「うお」は「おー」になってしまうかもしれない。だが、それ以前に、このように母音を並べる語法はなるべく避けられ、その代替語たる「さかな」のような言葉に置き換えられていくものと思われる。


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