「きゃ、きゅ、きょ」や「しゃ、しゅ、しょ」などの音を拗音という。これは、子音と母音との間に、i の要素が加わり、kia (kya)というようにして一気に発音される音である。i の音は、舌を口蓋に向かって盛り上がらせるようにして発音するものであることから、標準的な発声学では、拗音のことを口蓋化音といっている。
日本の学問の上で、口蓋化音を拗音というには事情がある。そもそも拗音とは曲がった音という意味である。なにが曲がっているかというと、それは50音表に分類された音(直音)が日本語古来の正統な音であって、それに比べて、拗音はイレギュラーな音だというのである。
その命名から察せられるとおり、拗音は古代日本語には存在しなかったものである。それが日本語に取り入れられたのは、漢語の影響による。漢語には、韻母といわれる部分(毛=mao のaoにあたる部分)に介音と呼ばれるiの要素を加えて(mao→miao=猫)、口蓋音化する傾向が強く見られる。こうした口蓋化音の言葉が日本の民衆の言葉にも広く浸透していった結果として、拗音が日本語の中に定着していったのである。
拗音には、漢語起源の別の系列として、「くゎ、くぃ、くぇ」の音がある。これは、口蓋化音とは異なり、wの要素を加えたもので、発声学上では円唇化音といわれている。日本人がこれをも拗音に分類したのは、直音と比較すれば、円唇化音も口蓋化音も「曲がった音」としては、大差なかったからであろう。しかし、円唇化音のほうは次第に用いられなくなり、「くゎ」、「ぐゎ」と発音されていた音は「か」、「が」と発音されるようになった。今日九州など一部の地域では残っているようであるが、大方の日本語においては消滅したといってよい。
西洋語伝来の外来語が日本語の中に入ってくると、拗音にも再び変化が生じた。かつては「きゃ、きゅ、きょ」のように、a u o に限定されていたものが、「きぇ、ちぇ、つぇ」のように、e についても用いられるようになったのである。こうして、今日の日本語においては、拗音は一種の花盛りを呈している。
ところで、拗音正確には口蓋化音が言語の体系に決定的な地位を占めている言葉に、ロシア語などスラブ言語がある。ロシア語においては、母音の体系が、非口蓋化音と口蓋化音とに差別化され、一方においては、АЭЫОУ(a e I o u)の系列、他方においてはЯЕИЁЮ (ya ye yi yo yu) の系列に、それぞれ分かれている。口蓋化は母音にとどまらず、子音についても認められ、たとえば Жизнь(Jizn’i=生活)という具合に、子音が単独で用いられる場面にまで、口蓋化が進んでいる。ここまで来ると、口蓋化音は「曲がった音=拗音」であるどころか、言語体系の骨格を形作る二大支柱の一方を占めるのである。
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