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山田伸顕著「日本のモノづくりイノベーション」を読んで


東京の大田区といえば、機械金属産業関連の中小零細企業が集積しているところとして知られている。中小零細企業といっても侮ってはいけない。これらの企業は高度な技術と熟練を武器に、世界に冠たる日本のものづくりを、産後基盤の面で支えてきたのである。これらの企業の努力がなかったら、経済先進国としての日本の今日はなかったといってもよい。

そんな大田区の中小企業の現状と将来のあり方について、山田伸顕氏がタイムリーな研究成果を出版した。題して「日本のモノづくりイノベーション」という。(日本工業新聞社刊)

山田氏は大田区の中小企業の特質として、最高度の技術に特化した専門性をあげている。鋳造、鍛造、切削、研磨、金型といった機械金属産業にとって不可欠なポイントごとに、世界第一級の技術をもった企業が集積している。そしてそれらの企業は自分の能力ではカバーできない部分を、他の企業の応援を得ることで補う。つまり専門企業同士が横に連携することで高度なネットワークを作り上げ、これらの企業群全体として、メーカーからのどんな要望にもこたえることのできるシステムを作り上げている。

これが大田区の中小企業群全体を、強固な産業基盤の担い手としてつくりあげてきた理由であるという。

だが1990年代以降の不況と、経済のグローバル化に伴い、日本の産業構造が大きく変動し、その変動の波は大田区内の中小企業にも押し寄せたきた。その結果ピーク時の1983年には9190もあった大田区内の工場数は、2005年には4778にまで減少した。今後の趨勢がどうなるかは、世界経済の動きにどう対応していくかによる。対応を間違えれば世界の動きから取り残されかねない。

氏はこんな危機意識を持って、今後中小企業が取り組まねばならない課題として、三つあげている。ひとつはグローバル化への対応であり、中小企業も積極的に海外展開する必要性である。もう一つは環境保護への対応であり、クリーンなものづくりの必要性である。そして三つ目は少子高齢化の影響による人手不足であり、いかに優秀な人材を育てていくかという人づくりの課題である。

氏はこれらの課題の一つ一つについて分析を進めていくが、氏の特徴は机上の議論を展開するのではなく、個々の企業の実践に即しながら、それらをあぶりだしていくところにある。氏はこの本の中で実に60もの企業を取り上げ、それらの努力の中身を紹介・分析しながら、そこからあるべき方向性を探り出している。

だから氏のこの研究は、ハンディなケースブックとしての色彩を有している。読者はその個々の事例に当たることで、そこから生きた教訓を汲み取ることができるに違いない。筆者も中小企業の海外進出に成功した事例や、知的財産権を信託銀行に信託することで外部からの不当な権利侵害に備えた事例、また産学連携で高度なイノベーションに成功した事例などを読んで、イマジネーションをかきたてられた。

一例をあげておこう。篠崎製作所という企業は従業員わずか20人ほどの中小企業であるが、社長の創意工夫の結果最先端のレーザー加工技術を作り上げ、それを武器に数多くの顧客を獲得している。中小企業といえば大企業の下請けのイメージが強く、何でも大企業の意向に振り回されるように思われるが、この企業は高度な技術をもとに大企業と対等に渡り合い、自分から受注先を選ぶほどの勢いを持っている。

こうした企業の姿をみると、そこには中小企業にとっての未来のあるべき姿が映し出されていると氏は言う。そこから氏は中小企業にとってイノベーションがいかに大事かについて、熱心に力説するのである。

氏は最後に言う。これからのモノづくりは単にモノを作るのではなく、それによってサービスを生み出すことが大事だと。つまりサービスとしてのモノづくりであり、それによる人間社会への貢献である。中小企業がこの課題に応えるためには、「考える頭と動かす手が相互作用することで創造性をもたらすこと」、このことが重要だと力説する。

なお著者の山田伸顕氏は大田区の職員として、また大田区産業振興協会の職員として、長年大田区の中小企業とかかわってきた人である。近年はタイのアマタナコン工業団地に中小企業のための海外生産拠点「OTA TECHNO PARK」を立ち上げ、大田区内の中小企業が安心して海外進出できるような体制を作り上げるなど、大田区内の中小企業を支援する活動を積極的に行っている。

この本はそんな山田氏の現場感覚の中から生み出されたものであるだけに、そこには中小企業に対する氏の思い入れも強く伝わってくる。氏は大田区内の中小企業に「世界の母工場」になってもらいたいといっているが、この言葉には中小企業に対する氏の敬愛の念が含まれているのだろう。


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コメント (1)

名無しです:

 本日、初めてこのサイトを拝見しました。幅広い知識と豊かな趣味を持たれて、充実した人生を送られているナ、と同年代の無趣味人としては、うらやましい限りです。これからゆっくり、「閑話」を読ませていただくつもりです。ただ、これまでの商売柄、読む前に一つひっかかったことがあります。『日本のモノづくりイノベーション―大田区から世界の母工場へ』は日刊工業新聞社からの出版で、日本工業新聞社ではないはずです。細かいようですが。 もちろん、コメントの表示は結構です。

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