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かゆいところを掻く:痒みの科学


かゆいところを掻くという動作は、人間が生来もっている反射的な行動パターンである。犬や猫など人間以外でも、掻く動作をする動物はいる。熊やリスなども皮膚を掻く動作をするようだ。象やキリンのような大型動物も同様かどうか、筆者は実際に目撃したことがないので、確かなことはいえないが、恐らく掻くのであろう。

痒みの感覚は,「痛痒」と併称されるように、痛みの感覚と似ている。神経学的にも、共通する部分が多い。痛みほど激しい感覚ではないが、やはり不快なものである。しかし、痛みのように生命の危機に直結するようなことは少ない。

我々が痛みを覚えるのは、身体の不具合のシグナルとしてであり、治療を促すサインとして先天的にビルトインされている反応と考えられる。痒みも、痛みより度合いは低いが、やはり身体の不具合であることに違いない。しかしその部位は皮膚の表面にとどまり、放っておいても大事に至ることはほとんどない。そのかわり我々は、その部位を掻くことによって、痒みの感覚を鎮めるのである。

そもそも掻くという動作は、皮膚を刺激することなのであるから、度を越すと怪我につながる恐れがある。本来的には、皮膚にとって望ましい刺激とはいえない。それなのに、かゆいところを掻くと、何故我々は気持ちがよくなるのだろうか。

世界には色々な人がいるものとみえ、痒みとそれを掻く動作について、神経学的な研究をしている科学者がいる。

アメリカの皮膚科学者ヤシポヴィッチ博士は、MRIを用いて、人間が皮膚を掻いているとき、脳にどのような反応が生じるかを研究した。その結果わかったことは、前部及び後部帯状皮質の活動が低下するということだった。前部帯状皮質 Anterior cingulate cortex は不快な感覚に対して反応する部位であり、後部帯状皮質 Posterior cingulate cortex は記憶に関係する部位である。これらの部位の活動が低下するということは、不快な刺激に対して、それを和らげるための麻酔のような効果をもたらすのではないか、そう博士は推論した。

この推論が正しければ、当該の脳の部分に直接働きかけることで、掻くという動作と同じ効果を得られるはずだ。

世の中には、かゆいところを掻きたくてもかけない人々が存在する。例えば蕁麻疹は、掻くことによって症状が著しく悪化する。この病気にかかった人は、じっとかゆさに耐えていなければならなかった。もし、これらの人々の脳の部位に直接作用する薬が開発されたら、痒みの地獄から開放されるかもしれない。

ところで、痒みの感覚には伝染性があるようだ。他人のあくびを見て自分もあくびを催すように、他人がかゆがっているのを見ると、自分もかゆくなるような気持ちになる。読者にも覚えがあるのではないだろうか。

筆者にもそのような経験があるが、そのときに感じたかゆさは、身体の特定部分がかゆくなるのではなく、身体全体がかゆいような、こそばゆいような、妙な気分であった。

(参考)It Feels Good and Everybody Does It By John Raymond


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