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ジェーン・メイヤー Jane Mayer アメリカの狂気と恥辱を暴く


雑誌「ニューヨーカー」を舞台に活躍するジャーナリスト、ジェーン・メイヤーJane Mayerの最新の著作 “The Dark Side : The Inside Story of How the War on Terror turned into a War on American Ideals” が大きな関心を呼んでいる。アメリカの対テロ戦争で生じた異常な人権侵害を解明した著作だ。

ニューヨーカーといえば、人権には敏感な論調で知られる。アブ・グライブ AbuGhraib やグアンタナモ Guantanamo で何が起きているかについて、最初に詳細な報道をして世界中を驚かせたのはニューヨーカーの記事だ。プーチン時代におけるロシアの人権侵害についても、精力的な報道をしてきた。

メイヤー女史はニューヨーカーの報道スタッフの中で、アメリカの対テロ戦争で生じている異常な人権侵害について、もっとも熱心に取り組んできた一人だ。新しい本の中では、その取材の成果をまとめているとともに、何がアメリカをここまで狂わせてしまったのかについて、深い省察を行なっている。

メイヤー女史は、対テロ戦争を遂行した一群の政治的・軍事的指導者の中で、デヴィッド・アディントン David Addington という人物に照明をあてている。国民の殆どにはその名さえ知られていない男だが、合衆国副大統領ディック・チーニー Dick Cheney のブレインとして、対テロ戦争の立案から法的な根拠付けに至るまで、ほぼ全般を取り仕切ってきた。

この男のことを、チーニーのライヴァルと目されたコーリン・パウエル Colin Powellは、「合衆国憲法を信頼していない」と評している。

その言葉どおり、この男にとって、対テロ戦争に勝利するという目的のためには、あらゆる不法な手段が正当化された。アル・カイーダのテロによって失われた何千というアメリカ人の命と比べれば、合衆国憲法の理念も矮小に見える。どんな手段を用いてでも、テロリストに報復することは、神も許したまうという理屈である。

アディントンが唯一依拠する法的なドクトリンは、合衆国大統領が対テロ戦争のために正当化するものは、憲法や議会、国際法のルールに優先するというものである。大統領が正当化のために依拠するものは、テロの犠牲者の命である。

この考えによれば、アメリカの安全保障という名目を前にしては、法的な限界など存在しないも同然になった。

法によるルールが尊重されないところでは、あらゆる異常な事態が起こりうる。アブ・グライブやグアンタナモでは、見るもおぞましい拷問が日常的に行なわれた。身体的、精神的な拷問が、来る日も来る日も、しかも何ヶ月にもわたって繰り返され、困憊しきった囚人たちは、苦しみを逃れるために、進んで自殺を志望するまでに追い込まれた。

囚人たちは死ぬ間際まで打たれたり、手錠をつけられた両手を天井から吊るされたり、真っ裸にされたうえで、互いに糞を引っかけあうように強制されたり、性的な暴行をも受けた。その拷問の一部を映し出した写真が世界中に配信されて、人びとを驚愕させたことは記憶に新しい。メイヤー女史は、これをマルキ・ド・サド的アプローチといっている。

アメリカ政府は最初、これらの蛮行が、一部の人間の異常な感性によって引き起こされた異常な事態だと説明していた。しかし実際は監獄の関係者全員による周到なプログラムに従って行なわれていたことが判明した。しかもそれは、アディントンの指示にもとづくものであり、それをチーニーが支持していたこともわかってきた。ブッシュ政権全体が深い係わりを持っていたのである。

アメリカ政府は、これらの囚人たちは皆アル・カイーダと関わりのあるテロリストだと主張していたが、詳細な調査の結果、必ずしもそうでないことが判ってきた。

グアンタナモの囚人517人について調べたところでは、実際にアルカイーダとの関連が認められたものは8パーセントであり、55パーセントのものはテロとは何らの関係も認められなかった。彼らの殆どは、アメリカ軍が自分で拘束したのではなく、現地の人間によって捕らえられ、アメリカ軍に引き渡されていたが、その殆どは賞金目当ての胡散臭い連中の行為だったと憶測される。

アメリカ政府がかくも人権に鈍感なことについて、歴史学者のアーサー・シュレジンガーは次のようにいっている。

「ブッシュ政権の超法規的な対テロ・プログラムは、法による支配を何よりも尊重してきたアメリカの歴史に、巨大な挑戦をしている。」

この挑戦によって、アメリカの健全な民主主義が損なわれないように祈る、メイヤー女史の著作には、そのようなメッセージがこだましている。

ともあれ、このおぞましい事態の全貌はいまだ明らかにされていない。歴史から正しく学ぶためにも、ブッシュ政権下で起きたこの異常な出来事の真相と、その背景とが、正しく理解されなくてはならぬ。

(参考) Madness and Shame By Bob Herbert : NYT


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