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知の快楽




2008年9月26日

デカルトとパスカル

デカルトとパスカルには共通するところが多い。まず外面的な事情からいうと、二人はともに科学者として出発した。デカルトは数学の分野では座標幾何学の基礎を築き、力学の分野でも多大の業績を上げた。他方パスカルはデカルト以上の天才振りを科学研究史上に発揮した。すでに16歳にして「円錐曲線試論」を書き、真空の実験、大気の圧力の実証(ヘクトパスカルという言葉に残されている)、水圧の原理の発見(パスカルの原理)、確率論の創始などさまざまな業績を上げた。パスカルがもし、一生を科学に捧げたならば、考えられぬような偉業を達成したであろうといわれている。

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2008年10月 3日

パスカルにおける神と人間:ジャンセニスムとプロヴァンシャル

ブレーズ・パスカル Blaise Pascal (1623-1662) の宗教意識にはジャンセニスムの影響が見られる。ジャンセニスムとはオランダの神学者コルネリウス・ヤンセン (1585-1638) の思想であり、その遺作が1640年に発表されるや、フランスの貴族階級を中心に根強い信奉者を獲得した。パスカルは1646年に偶然ジャンセニスムの信徒と知り合いになり、その思想に帰依するようになったのだが、本格的なジャンセニストになるのは、1654年31歳の時である。彼はこの年、恩寵の火を見て決定的な回心を行い、その時の感動をメモリアルという形で羊皮紙に書き入れ、生涯お守りとして身につけていた。

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2008年10月11日

パンセ Pensées :パスカルの深淵

パンセは、パスカルが晩年(といっても30代半ばだが)に、キリスト教の弁証論を執筆するために書き溜めた草稿を、死後友人たちがまとめたものである。草稿といっても断片類が順序もなく乱雑に残されていただけで、そこにパスカル自身の明確で統一したヴィジョンが示されていたわけではなかった。だが友人たちは、それらをつなぎ合わせて一冊の書に纏めた。

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2008年10月17日

パスカルの賭:人は如何にして神と向き合うか

パスカルが神への信仰を賭に喩えたのはあまりにも有名だ。そこには二重の意味が込められている。神の存在が自明ではないことが一つ、もうひとつは、それにもかかわらず、我々人間は神の恩寵によってしか救われないということだ。

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2008年10月24日

スピノザ:哲学史上の位置づけ

スピノザ Baruch De Spinoza(1632-1677) の哲学を正しく理解するためには、時代的背景との関連を考慮に入れなければならない。

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2008年10月31日

スピノザの形而上学:論理的一元論

スピノザの世界観は、神の形而上学ともいうべきものである。スピノザは、人間の精神の働きを含めた、この世界のあらゆる営みや出来事を神の働きあるいは現われとして理解する。言い換えれば、全体としての世界が神という単一の実体をなしており、その部分はいずれも単独では存在しえず、全体の一部としてのみ存在すると説明する。このような教説を、バートランド・ラッセルは論理的一元論と表現した。

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2008年11月 8日

スピノザ「エチカ」の方法論:演繹的説明原理

スピノザの主著「エチカ」を読むと、まずその独特の構成に驚かされる。全体は第一部の「神について」に始まり、5部に分かれているが、いずれの部も、定義に始まり、公理、定理、証明の連鎖からなっており、あたかもユークリッド幾何学の論文でも読んでいるような感じをさせられる。

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2008年11月14日

スピノザの神

デカルトの心身二元論によれば、人間は精神という実体と延長としての身体という実体とが何らかの形で結合したものであった。そして神は、これら二つの実体に根拠を与えるところの第三のしかも高次の実体とされた。だがスピノザにいわせれば、精神と身体とは実体とはいえない。なぜなら、デカルトも認めるように、実体とは唯一にして無二の、それ自身の中に自分の根拠を有する存在であって、厳密にそういえるのは神しかないからだ。

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2008年11月21日

スピノザの人間観

スピノザの人間観あるいは倫理思想のユニークな点は、人間の自由な意思を否定するところである。スピノザによれば、世界のあらゆる事柄は、それを全体としてみればひとつの必然性に貫かれている。どんな出来事も偶然におきることはなく、必然の糸によってつながれている。人間の起こす出来事もそうだ。たとえある人間が恣意にもつづいて行なったと思われるものも、その裏には必然性が貫徹している。

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2008年11月28日

スピノザの永遠

スピノザの神はキリスト教が教えるような人格神ではなく、宇宙の存在そのものと不可分なもの、あらゆる事象の根拠となって、しかもその事象のうちに顕現しているものであった。この神は理念的には必然性をあらわし、存在性格としては永遠性という形をとる。だから我々が神について想念するとき、我々は永遠の相の下に世界を見ることになる。

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2008年12月 6日

スピノザの政治思想

スピノザには政治を論じた著作が二つある。ひとつは「神学・政治論」であり、彼の生前に刊行された唯一の体系的著作である。二つ目は「政治論」であるが、これは「エチカ」執筆後に書かれ、死後遺作集のなかに収められた。同じく政治を論じており、思想的な内容には共通するものがあるが、構成や問題提起の面で、多少の相違がある。

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2008年12月12日

ライプニッツのモナド

ライプニッツ Gottfried Wilhelm Leibniz(1646-1716)は、ドイツが生んだ最初の大哲学者である。ドイツ人はライプニッツ以前にもヤコブ・ベーメとマルチン・ルターという偉大な思想家を生んではいるが、体系的な哲学を展開したのはライプニッツが始めてである。以後ドイツ哲学は多かれ少なかれ、ライプニッツの影響を蒙った。

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2008年12月19日

ライプニッツとニュートン:微積分学発見の優先権論争

ライプニッツはデカルトやパスカルと同様、数学や自然科学の分野においても顕著な業績を残した。とりわけ数学の分野においては、微分積分学と記号論理学の創始者として、歴史的な業績を上げた。

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2008年12月27日

ライプニッツの論理学

ライプニッツはアリストテレス以来の伝統的な論理学に対して、大きな風穴を開けた最初の哲学者だった。それは論理的思考をカテゴリーや推論の形態において捉えるのではなく、主語と述語という人間の対象認識のパターンに即して考えるものだった。

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2009年1月 2日

ライプニッツにおける存在と論理

ライプニッツは観念論者であったが、その観念論とは唯物論に対比されるような意味での観念論であるというより、存在を論理によって導き出そうとする意味での観念論であった。

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2009年1月 8日

ライプニッツの神

ライプニッツが真情から神の存在を信じていたかは疑わしい。なるほど彼は「弁神論」を始めさまざまな機会に神の存在に言及し、その証明まで試みてはいる。しかしそれらを読むと、神の存在はライプニッツにとって崇高で威服すべきことであるというよりは、彼の論説の支えとなるような位置づけを与えられているように見える。

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2009年1月16日

ホッブスの哲学

トーマス・ホッブス Thomas Hobbes (1588-1679) は、近代的な政治思想をはじめて体系的に展開した人物として、いうまでもなく政治思想史上の偉人であるが、哲学史の上でもユニークな位置を占めている。

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2009年1月24日

リヴァイアサン Leviathan:ホッブスの政治思想

トーマス・ホッブス Thomas Hobbesは、政治理論に関する最初の近代的な思想を展開した人である。ホッブス以前にマキャヴェリがいて、古い因習から開放された新しい権力のあり方を論じていたが、それはまだ近代的な国家というものと結びついていなかった。政治を国家論とからめながら、そこに近代的な考えを持ち込んだのはホッブスが初めてなのである。

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2009年1月30日

ロックの経験主義哲学

ジョン・ロック John Locke (1632-1704) は、近代以降の西洋の学問を特徴付けている経験科学的な方法を、哲学の上に組織的に適用した最初の思想家だといえる。その意味で彼は経験論的哲学の創始者といってよい。ロック以降あらゆる観念を経験にもとづかせ、帰納的方法を用いて、漸次に高度の真理に迫ろうとする哲学の流れが、それまで支配的であった観念論的で、したがって先験的な哲学と並んで、大きな潮流となった。

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2009年2月 7日

ロックの認識論:タブラ・ラサ

ロックは西洋哲学の伝統的な枠組みを形作っていた形而上学を軽蔑した。人間の経験に基礎をおかず、脆弱な根拠の上に、巨大な体系を築いていた形而上学というものを、ロックは有益な知識の拡大を妨げていると考えたのだ。

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