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天孫降臨神話


日本神話には、高天原と葦原中国との間の垂直軸の対立と、スクナヒコナの神話に見られるような、あちらの世界とこちらの世界との水平軸の対立があり、この両者が絡み合って、全体としての神話の構造が出来上がっている。だがこの両者は、織物の縦糸と横糸のように、相互依存的な関係にあるわけではなく、中心となるのはあくまで垂直軸である。

天孫降臨神話は、垂直軸系列の中核部分をなす。それは、天上による地上支配の根拠を示すものであり、ひいては歴代天皇の支配の正統性を示すものである。この国の軍国主義者たちが、天皇を現人神として祭り上げたのは、そう遠い過去のことではなかったが、彼らが根拠にしたのは、天孫降臨神話だったのである。

建国の起源を、祖神の天上からの来臨に求める考え方は、北方アジア諸民族に広くいきわたっている。

たとえば、ブリアート・モンゴルの神話には、至高神サガンの孫ゲゼル・ボグドゥが、六種類の神器を授かって地上に天下り、国を建てたとある。また、朝鮮の神話には、天帝の子桓雄が天符印三個とともに追従の神々を伴い、太白山山上の檀の木をつたわって降臨し、その子檀君のときに国を開いて朝鮮と名づけたとある。

これらの祖神降臨神話は日本の天孫降臨神話と大変よく似た構造を持っている。このため、日本神話と民族の北方起源を示す重要な材料ともされている。日本の神話は北方起源説で語り尽されるほど単純なものではないが、北方的要素が支配的なことは間違いないようだ。天孫降臨のような、神話の核心ともいえる部分に、それが反映されていることから伺えるのである。

ところで、天孫降臨神話には、構造にかかわる問題のほかに、いくつかの興味あることがらが含まれている。

まず、降臨した場所が、大和ではなく、何故日向の高千穂だったかということである。高千穂がどこかについては、議論もあるところだが、九州のどこかであることには間違いない。いづれにせよ、このことから、日本の王権の起源をめぐる延々たる論争が生じることとなった。

次に、神の子孫たる天皇に何故寿命があるのか、ということの説明が天孫降臨神話の中で語られている。天孫ニニギノミコトはオオヤマツミの二人の娘のうち、美しいコノハナノサクヤヒメと結婚して、醜いイワナガヒメを追い返してしまった。これが天孫の寿命に限りが生じることになる理由だと、オオヤマツミは次のようにいうのである。

「我が女(むすめ)二たり並べて立奉りし由は、石長比売(いはながひめ)を使はしては、天つ神の御子の命は、雪零(ふ)り風吹くとも、恒に石の如くして、常石に堅石に動がず坐せ。亦木花佐久夜毘売(このはなのさくやひめ)を使はしては、木の花の栄ゆるが如栄え坐せと、うけひて貢進りき。此くて石長比売を返さしめて、独り木花之佐久夜毘売を留めたまひき。故、天つ神の御子の御寿は、木の花のあまひのみ坐さむ」

それでも最初のころの天皇たちは長い寿命を全うすることができた。神武天皇は137歳、孝安天皇は123歳、崇神天皇は168歳、垂仁天皇は153歳、景行天皇は137歳といった具合である。だが、記紀が編纂された天武天皇の時代に近づくと、歴代の天皇の寿命は次第に並の人間と異ならなくなってしまったのである。

また、天孫降臨には多くの神々が付き従った。天児屋命(中臣連等の祖)布刀玉命(忌部首等の祖)天忍日命(大伴連等の祖)天津久米命(久米直等の祖)などである。これらはみな、天武天皇の頃に実在した豪族たちの祖先とされた。どうやら、天孫降臨神話は、天皇のみならず、その周辺の豪族たちにとっても、支配の正統性の根拠として利用されたもののようである。


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