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人イヌにあう:犬の家畜化


先日は、ワイルドキャットからハウスキャットへの猫の進化について考察した。結論は、今日地球上に生きるすべての猫は、ほぼ1万年前の中東にいたわずか5匹のワイルドキャットから生まれてきたのだということだった。そこで犬のほうはどうなのだろうと、もう一つの人間の友に関心が向くのは自然の勢いだろう。

筆者がまず当たってみたのは、著名な動物学者コンラート・ローレンツの「人イヌにあう」という本であった。このなかでローレンツは、今日のイヌの祖先はジャッカルだったという仮説を立てている。ジャッカルは夜行性の動物で、ハイエナと同じく他の動物のハンティングの分け前を失敬する習性を持っている。そんな彼らが、人間にまとわりついて、人間の狩の分け前をねだるようになったことが、家畜化のきっかけだったのではないか、ローレンツはそう考えたのである。

ジャッカルが人間に認められるようになったのは、不寝番としてであったとローレンツは言う。石器時代の人類にとって、世界は恐ろしいことでいっぱいだった。大きな肉食獣に食われる危険は常にあったし、とりわけ夜は最も恐ろしく、気をつかう時間であった。その当時の人間は、不寝番を立てないでは、安心して眠ることが出来なかった。

ジャッカルはいつも人間のそばにいて、夜も活動し、怪しいものが近づいてくるとうなり声を立てて警告してくれた。人間にとっては、非常に有用な役割を果たしてくれたのである。こうしてジャッカルが人間と共存するうち、イヌへと転化したのであろう。それは2万年から4万年前のことだった、そうローレンツは結論付けた。

だが今日では、ローレンツの考えたことは否定され、犬の祖先は狼から別れたとする説が有力である。

犬の系統の研究にDNA鑑定や化石の分析が取り入れられたのは最近のことで、まだその全体像が明らかになったとはいえない状況であるが、今日の時点で確実性が高いと思われる事実は次のようなものである。

まず犬の祖先は、猫のようにごく少数の個体から出現したのではないらしい。犬の種の中で最も系統の旧いものとして14種類があげられるが、それらがすべて共通の祖先から分かれたという証拠はない。

14種の旧い犬は、中国や日本など東アジアに分布している。その中には秋田犬やシバイヌも含まれている。このことから、犬の祖先は東アジアに出現した可能性が高いとされる。アメリカの犬は、東アジアから渡っていった人間とともにアメリカへ広がったようだ。

いつの時点で狼から犬への転化が起こったのか。ロシアとドイツで発見された犬の化石は、13000年から17000年前のものとされる。また中東で発見された犬の化石は12000年前のものである。そのほかの情報も含めて総合的に判断すると、犬の祖先は旧石器時代の後期、14000年前頃にはアフリカからユーラシアをへて東アジアまでの広がりをもって分布していたようである。

最初の犬が狼から別れたのは、どうやら17000年前から14000年ほど前にかけてのことらしいというのが、今日最も有力な説である。

犬が人間に迎えられた理由を、ローレンツは不寝番としての便利さに求めたが、それを含めて、犬の社会性や高い能力が、人間によって評価されたことは想像に難くない。犬は交配によって、能力を特化する傾向があり、また狼とも交配可能なので、特定の能力を引き出すために人為的な選別も行われてきた。そのことが、今日における犬の多様性をもたらしたといえる。


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