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フタオマキザルの二足歩行


地上の動物の中で二足歩行を常態としているものは人間だけである。人間に近い類人猿であるチンパンジーも二足歩行をするが、普通は四肢を用いて歩行する。二足歩行を常態として行うには、骨格や筋肉組織がそれに対応できていなければならない。背骨がS字型を描き、太股を中心にした脚の筋肉と骨盤底筋が発達していることが必要条件である。

人類は何時から二足歩行を始めたか、この問いについては、人類がチンパンジーと枝分かれした700万年前頃だろうと推測されている。だがさらに進んで、どのようなきっかけが人類に二足歩行を促したか、という問いに対しては、さまざまな仮説があげられている。もっとも有力なのは、道具の使用と二足歩行との関連を重視する説である。

この説を補強するような研究が数年前に発表されて注目を呼んだことがある。エリザベッタ・ビザルベルギ女史とドロシー・ブラゲジー女史が共同で行ったフタオマキザルについての研究である。

フタオマキザルはブラジルの森林地帯を中心に生息するサルで、普通は樹上生活をしていることが知られている。しかしその一部のグループが、地上に下りて道具を使う能力を身につけたことによって、二足歩行の高い能力を持つに至ったことが確認されたのである。

このサルのクループは、ブラジル中央部ボアビスタ地方の乾燥した森林地帯に暮らしている。彼らは椰子の実をはじめ硬い殻をかぶった木の実を好んで食うが、その実を食うために、重い石を使って殻を打ち破る能力を身に着けている。そしてその動作をする過程で、二足歩行を頻繁に行っているのである。

このサルは頭から尻までの長さが40センチ程度で、体重は2.2キロ程度に過ぎない。それが1.8キロもの石を持ち上げて、木の実にたたきつけている。人間で言えば65キロの体重のものが50キロの石を持ち上げるのに相当する。

この動作は一見単純なことのように見えるが、実は結構複雑なのである。まず道具としての石はどこにでも転がっているわけではない。それは岩山のてっぺんから地上までわざわざ運んでこなければならない。行為と報酬との間に高度の予測が介入していなければできないことだ。

次に、木の実を硬い台の上に乗せて石を打ち付けなければ、木の実は容易には割れない。しかもそれにはかなりの熟練が必要であり、サルはその熟練を達成するために、忍耐強い練習をつまなければならない。

こうしたわけで、石という道具を用いて木の実を割るという動作には、石と木の実と台の組み合わせや、自分の身体と対象の関係についての認知など、高度な知的能力が介在している。

事実フタオマキザルは結構知的水準が高いことで知られている。その能力を発揮して、介助サルとして活躍している例もある。

ところで、この道具を用いる動作がどのようにして二足歩行に結びつくのか。

女史たちの観察によれば、フタオマキザルは二本の後足で立ち上がって石を持ち上げ、それに自分の体重を預けるようにして、木の実にたたきつけている。そのときにバランスが悪いと、木の実はうまく割れずに、すべり飛んでしまう。

このときに、どこの筋肉が一番使われているかといえば、それは太ももを中心に、背中と腰の筋肉や肩の筋肉である。太ももの筋肉は二足歩行するのに不可欠なものだ。また背中や腰の筋肉は立っている状態を支えるために機能する。

こうしたわけで、フタオマキザルは道具の使用を通じて二足歩行に都合のよい筋肉を発達させてきたといえる。女史たちは、このサルのグループから将来、常態として二足歩行するサルのグループが出現する可能性が高いと予測している。

フタオマキザルが系統上類人猿の祖先と枝分かれしたのは、約3500万年前である。それ以後、両者は別々の進化をたどってきた。しかし、異なる進化の果てに、道具を用いるという共通の営みを通じて、二足歩行の能力を身につけたり、身につけつつあるのだとも考えられる。


関連リンク: 人間の科学

  • 尻尾の話:二足直立歩行と骨盤底筋

  • 人類の祖先は何を食べていたか

  • チンパンジーの知性:ジェーン・グドール女史





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