« 還暦を迎えて:十二支と陰陽五行 | メイン | 猫 Le Chat :ボードレール »


白楽天、陶淵明に效う


唐宋以降の中国の詩人たちにとって陶淵明は詩聖のごとき存在であったから、誰しもその体に倣った詩を作った。中でも白楽天は、陶淵明に心酔すること深く、陶淵明の生き方を強く意識していた。

白楽天には、陶淵明を題材にした多くの作品がある。渭川に蟄居していたときに作ったという十六首の連作は、その代表的なものである。ここでは、その序文と十二首目を取り上げたいと思う。


陶潛の體に效ふ詩十六首 序

  余退居渭上,杜門不出. 時屬多雨,無以自娛。
  會家醞新熟,雨中獨飲,往往酣醉,終日不醒。   
  懶放之心,彌覺自得,故得於此而有以忘於彼者。 
  因詠陶淵明詩,適與意會,遂效其體,成十六篇。   
  醉中狂言,醒輒自哂。然知我者,亦無隱焉。   

  余渭上に退居し,門を杜じて出でず. 時屬たま雨多く,以て自から娛しむ無し
  會たま家醞新たに熟す,雨中に獨り飲み,往往酣醉して,終日醒めず   
  懶放の心,彌いよ自得するを覺ゆ,故に此に得て以て彼に忘るる者有り 
  因て陶淵明の詩を詠じ,適たま意と會ふ,遂に其の體に效ひて,十六篇を成す   
  醉中の狂言,醒むれば輒ち自から哂ふ、然して我を知る者には,亦隱すこと無し 

自分は渭水のほとりに隠居し、門を閉ざして外に出ることもない、折から雨降りがちの日が続き、退屈をもてあましている。たまたま新しい酒が熟したので、雨中に一人飲む、するとすっかり酔っ払って、一日中醒めることがない。放逸な気分のうちにすっかり浸ってしまい、他のことなどどうでもよくなるのだ。

こんなときに陶淵明の詩を詠ずると、実に共感できるものがある、そこで自分も陶淵明の体に倣って16篇の詩を作った次第だ。もとより酔っての上での戯れごとであるから、酔いがさめると自らの笑いの種ともなる、日ごろ自分のことを知っているものには何も隠すこともなかろう。


陶潛の體に效ふ詩十六首 其十二

  吾聞潯陽郡  吾聞く潯陽郡
  昔有陶徵君  昔陶徵君有り
  愛酒布愛名  酒を愛して名を愛さず
  憂醒不憂貧  醒むるを憂へて貧を憂へず
  嘗為彭澤令  嘗て彭澤の令と為り
  在官才八旬  官に在ること才かに八旬
  啾然忽不樂  啾然として忽ち樂しまず
  掛印著公門  印を掛けて公門に著く
  口吟歸去來  口に歸去來を吟じ
  頭戴漉酒巾  頭に漉酒の巾を戴く
  人吏留不得  人吏留め得ず
  直入故山雲  直ちに故山の雲に入る
  歸來五柳下  五柳の下に歸り來り
  還以酒養真  還た酒を以て真を養ふ
  人間榮與利  人間の榮と利と
  擺落如泥塵  擺ひ落として泥塵の如し

聞けばこのあたりの潯陽郡に、昔陶淵明が住んでいたということだ、陶淵明は酒を愛して名を愛さず、覚めることを憂えるばかりで、貧しいことは気にしなかった

かつて彭澤の令となったが、在官わずかに80日にして、たちまち仕事が面白くなくなり、官吏の印を公門にかけて職を擲ってしまった

歸去來の辞を口ずさみ、酒を漉す布を頭に被り、人々の止めるのも聞かずに、故郷の山の中の雲の彼方に消えてしまった

旧宅の五柳のところに帰ってくると、もっぱら酒を飲んで英気を養った、人間の冥利など泥塵のごとくに捨て去ったのだ


  先生去已久  先生去って已に久し
  紙墨有遺文  紙墨遺文有り
  篇篇勸我飲  篇篇我に飲むことを勸む
  此外無所雲  此の外に雲ふ所無し
  我從老大來  我老大よりこのかた
  竊慕其為人  竊かに其の人となりを慕ふ
  其他不可及  其の他は及ぶべからず
  且效醉昏昏  且らく醉ひて昏昏たるに效ふ

先生が死んでから久しい時が経つが、先生の残した文章がある、それを読むと篇篇に飲むべきことが説かれている、そのほかには何も言うことがないかのようだ

自分は成人してからこのかた、先生の人となりをひそかに敬愛してきた、先生の教えの中にもほかの事はさておき、しばらくは酩酊していい気持ちになるとしよう。


  • 王維、陶淵明を歌う:偶然作其四

  • 孟浩然、陶淵明に倣う:故人の荘に過る

  • 李白、陶淵明を歌う:桃花流水杳然として去る

  • 蘇東坡、陶淵明に和す

  • 陸游、陶淵明を慕う

  • 関連リンク: 漢詩と中国文化陶淵明


  • 五柳先生伝(陶淵明:仮想の自叙伝)

  • 責子:陶淵明の子どもたち

  • 陶淵明:帰去来辞

  • 帰園田居五首:田園詩人陶淵明
  • 桃花源記 :陶淵明のユートピア物語

  • 閑情賦:陶淵明のエロティシズム

  • 形影神(陶淵明:自己との対話)

  • 擬挽歌詩:陶淵明自らのために挽歌を作る

  • 自祭文:陶淵明自らを祭る

  • 飲酒二十首

  • 雑詩十二首
  • 中国古代の詩:古詩源から

  • 秋瑾女史愛国の詩:寶刀歌






  • ブログランキングに参加しています。気に入っていただけたら、下のボタンにクリックをお願いします
    banner2.gif


    トラックバック

    このエントリーのトラックバックURL:
    http://blog.hix05.com/cgi/mt/mt-tb.cgi/541

    コメントを投稿

    (いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)




    ブログ作者: 壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2006

    リンク




    本日
    昨日