盛唐の大詩人王維は、陶淵明と同様田園詩人の名を以て呼ばれる。田園の生活をこよなく愛し、また田園風景を好んで歌ったことについては、陶淵明に勝るとも劣らない。その陶淵明を再評価し、唐代以前におけるもっとも偉大な詩人として位置づけたのも王維である。
もっとも王維は、陶淵明とは異なって、田園に埋没して生涯をすごしたわけではなく、官僚として栄達し、多忙な生活を送った。王維は公務をこなす傍ら、田園に別荘を求め、暇を見つけてはそこに通い、英気を養いながら詩作に耽ったのである。
王維の半官半俗の生活ぶりは、陶淵明のものとはだいぶ異なってはいたが、王維が理想とするところは、陶淵明の生き方であったに違いない。
そんな王維が、陶淵明の生き方を、五柳先生伝などを念頭に置きつつ歌ったものがある。偶然作六首のうちの其四である。
王維：偶然作其四
陶潛任天真 陶潛 天真に任せ
其性頗耽酒 其性 頗る酒に耽る
自從棄官來 官を棄ててよりこのかた
家貧不能有 家貧しくして有る能はず
九月九日時 九月九日の時
菊花空滿手 菊花空しく手に滿つ
中心竊自思 中心 竊かに自から思ふ
儻有人送否 儻しも送る人有りや否やと
白衣攜壺觴 白衣 壺觴を攜へ
果來遺老叟 果して來りて老叟に遺る
且喜得斟酌 且つは喜ぶ斟酌を得たるを
安問升與斗 安んぞ升と斗とを問はんや
奮衣野田中 奮衣 野田の中
今日嗟無負 今日 負ふ無きを嗟す
兀傲迷東西 兀傲して東西に迷ひ
簑笠不能守 簑笠 守る能はず
傾倒彊行行 傾倒して彊ひて行き行き
酣歌歸五柳 酣歌して五柳に歸る
生事不曾問 生事曾て問はず
肯愧家中婦 肯へて家中の婦に愧ず
陶潛は天真爛漫な性格で、頗る酒を好んだ、だが官を辞して以来、貧しいために十分に飲むことが出来なかった、9月9日の重陽の節には、菊を浮かべる酒がないため、空しく手にもつばかりだった
そこで心ひそかに、誰か酒を贈ってくれる人がいないものかと思っていたところ、白衣を着た隣人が壺を携えて来たり、酒を贈ってくれた、陶淵明はとにかく喜び、その量が一升か一斗かなどにはこだわらなかった、
日ごろぼろをまとって田野を行き来するが、収穫を背に負うこともかなわない、大声を上げてあちこち徘徊するが、身を守る簑笠もない、それでも気を引き締めて出かけては、歌いながら家に帰ってくる
自分自身のことは気にはならないが、妻子にひもじい思いをさせることについては慙愧の至りであった
王維にはまた、陶淵明の暮らしぶりを古の聖人顔回のイメージに重ねて歌ったものがある。
田園楽其五
山下孤烟遠村 山下の孤烟 遠くの村
天邉獨樹高原 天邉の獨樹 高き原
一瓢顔回陋巷 一瓢 顔回の陋巷
五柳先生費門 五柳先生門を對す
山すそに上る一条の煙は遠くの村、地平線に立つ一本の木は高原の彼方にある、かの顔回が瓢を抱いていたという陋巷には、今は陶淵明が門を対して暮らしている
